【佳作】

【テーマ:仕事をしたり、仕事を探したりして気づいたこと】
働く若者へ贈る先輩からのエール
福岡県  井邑勝  84歳

人生八十年から百年の時代。八十四歳まで仕事を続けてきた人生の先輩として、明日の日本を担っていく若者に役立つことを願ってこれまで国内外で仕事をしてきて私が学んだことを提言として述べていく。

まず人間として同じ一生を過ごすのなら、自分の一番よい表情が自然に出る仕事を選んでもらいたい。不満があったり野心や敵対心があってはよい表情は出ない。誰にでも自分で一番好きな表情が出せる顔があるはずだ。それはコックさんかもしれないし美容師さんかもしれない。ところが両親が自分の学歴や経験から、また仕事に対する偏見や見栄から、そうした仕事につくのに反対することがある。それに負けてはいけない。コックさん希望なのに両親の見栄で学校の先生になったものの学級経営がうまくいかず数年で退職した友人を知っているから。

かと思うと、根を問わず枝を運ばず芽ずべきは若き命の大輪の花という和歌にあるような生き方で仕事をこなし出世した友人もいる。だが、生きることは人生に挑むということで、挑むことを止めたら、その瞬間から老いが始まる。だから自分が好きな仕事のためになら人生の半ばからでもいい自分に忠実に生きていってもらいたい。

次に時代には好況の時もあれば不況の時もある。それで仕事につく機会に恵まれる人もいれば、そうでない人がいるかと思う。が、それを人生の運不運のせいにして引き籠もり無気力になってはいけない。それをチャンスにして行動してほしい。行動すればどこかに道があるはず。その道は決まった形なんかではなくて、ひとりひとり完全にちがった形で発見される道であり、自分で見つけなければならぬ道である。

と言うのは、もう古い譬えかもしれないが、徳川三百年の剣の指南役柳生家の家訓にこんなのがある。小才は縁に出会って縁に気づかず、中才は縁に出会って縁を生かせず、大才は袖触れ合うも縁にする、と。長い人生には誰しもいくつかのいい縁に出会うものである。いい縁は天から降ってくるものではなくて、自分の力でつかみ取るものだ。そのためには広く読書をして人間や時代に対する洞察力を養うことが必要である。

最後に自分の好きな仕事につけずに、またついても人間関係や仕事のことで行き詰まり、生きていけそうにない若者は、勇気を出して海外に飛び出してみるのがいい。

私は英語教師を辞める十年前に日本語教師の資格を取って、退職後にブラジルで二年、コロンビアで二年、中国で二年、日本語教育に携わってきた。その間、ブラジルでは自分の好きな仕事をするために移住してきて花弁や葡萄の栽培で成功した若者たちに出会った。みんな一番いい表情の顔をして生き生きしていた。またポルトガル語がとても堪能になり、日本に帰ってポルトガル語のガイドや通訳の仕事についている若者もいる。私も公用語がスペイン語、ポルトガル語、中国語であった国に滞在していたが、買い物に必要な会話をするのが精一杯。やはり外国語を習得するのは若ければ若いほどいい。英語が苦手な人が中国語の天才かもしれない。すべての人間は外国語の一つや二つは習得する能力があり、また習得することが常識の時代になってきている。海外には日本では考えられないような利点が山はどある。どうか先人のパイオニア・スピリットを胸に思い切って海外に飛び出して好きな仕事に挑戦してもらいたい。

(挑戦するのに遅すぎるということはない。挑戦者に無理という言葉がない。忍耐は第二の勇気)

この言葉を私からのエールとして贈って、このエッセーを終わる。(完)

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