【 公益財団法人 勤労青少年躍進会 理事長賞 】

「考える」という商売道具
東京都  ぬま 31歳


 昨年、私は独立しフリーランスとして挑戦を始めた。主にCMなどの映像の企画・演出・編集などを行なっている。商売道具は、私自身の「アイデア」や「仕事の質」。継続して依頼をいただくためには、常に相手の期待に応える、もしくは期待以上の「結果」を出すことが求められる。バッターボックスに立った以上、なんとしてでも塁に出なくてはならないのだ。
 それでもたまに、意識が弛んでしまいそうになることがある。『このくらいが無難かな』『合格のボーダーラインは超えたかな』なんて、考えることを妥協してしまいそうな時。そんな時、私には思い出すようにしている言葉がある。
 
 「1番考えた人が、1番偉い。」
 これは、以前私がCM制作会社に勤務している時に上司に言われた言葉だ。当時の私の職務はCMの制作に関わる準備・進行・管理全般。言わば「何でも屋」だ。たった15秒30秒の映像と侮るなかれ。その作業量は膨大で、目が回るような毎日を過ごしていた。
 案件全体を管理する要とも言えるポジションだが、私たち制作マンはしばしば軽んじられることがある。クライアントや広告代理店などの「お客さん」や、カメラマンや監督など「技術スタッフ」から、理不尽を突きつけられることもある。当時の私は「制作」と言う立場を考慮して、無茶な要求をされても波風を立てぬようグッと耐えて飲み込むことが多かった。そんな私を見かねた上司が言った。「お前は何に遠慮しているんだ。」
 「クリエイティブな仕事において、1番偉いのは代理店でもクライアントでもなく、1番考えたやつだ。この案件がどうすれば円滑に進行するのか、どうすれば良い作品になるのか。1番考えた人が、1番偉い。だからお前はもっと前に出て、意見を言っていい。現状お前が1番偉いんだから。」
 私はハッとした。私たち制作マンは常に作品のことを考え、誰よりも全体のことを把握している。おかしいと思えば、意見をしてもいいんだ。「立場」や「肩書き」に引け目を感じず、良い作品になるよう、私もその舵に手を伸ばしてもいいんだ。
 『私はきっと、誰よりも考えている』それは私の自信となり、私を一歩前へと押し出した。そして、前に出るからには常に考えることを怠らないように、気を引き締めるようになった。
 
 フリーランスとなった今、より一層「考えること」は重要である。私のやっている仕事は、人の心に届ける仕事だ。1人でも多くの人の心に刺さるよう、考えて考え抜いて、脳みそを捻り、最後の一滴までアイデアを搾り出す。そうでなければ、人の心は震わせられないと思っている。
 「1番考えた人が、1番偉い。」この言葉を、あの時に貰って良かったと思う。「考えること」の訓練のような毎日があったからこそ、今の私がいる。今日も私は「誰よりも考えている」と言う自信を武装にして、この世界にひと匙の面白さを加えるべく、奮闘している。

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