【 公益財団法人 勤労青少年躍進会 理事長賞 】

楽しみ探し
東京都  千葉紫月 34歳


 『とうとう入社してしまった、これから懲役四十年だ』
 そんな呟きをSNSで見かけた。
 果たして労働は懲役で苦しみなのだろうか?
 確かに働くのは大変だ。上司に怒られたり、お客さんにクレームを入れられたり、職種によって色々な悩みのタネがあるだろう。
 かくいう私も入社したばかりの頃は働くのが嫌で嫌で仕方がなかった。
 私は営業職なので受注・売上の数字に追われ、毎月開催される営業会議では都度胃薬を飲んで参加していた。
 毎月のように宝くじを買っては、セミリタイヤ生活をする夢想ばかりしていた。
 ある日、得意先から苦情が入った。私のミスが原因だった。
 先方に散々怒られた後、デスクでミスの処理をしていると「どうした、そんな暗い顔して」そう言って同じ課の先輩が声を掛けてくれた。
 「実はミスしちゃいまして」トラブル内容を簡単に報告する。
 「ふーんまあ、起きちまったことは仕方がない。次から気をつければいいさ。そんなことより、せっかく仕事しているんだから、もっと楽しそうにやろうぜ」
 「楽しそうにって、どういう意味ですか?」
 「だって一日最低八時間は働いているんだぜ。一日は二四時間でその内の八時間って言ったら一日の三分の一は会社に居るんだ。せっかくだから楽しくやった方が良いだろ?」
 先輩の言葉は私にとって青天の霹靂だった。仕事というのは辛く苦しいものだとずっと考えていたので、仕事を楽しむという発想は今まで一度もしたことが無かった。
 それから私は仕事の『楽しみ探し』をするようになった。
 出張に行くときはご当地の名所を調べてから行くようにした。仕事終わりに少しだけ名所を巡るのが楽しみで、長距離出張も億劫で無くなった。
 お客さんとの打合せも仕事の話しだけではなく、世間話をするようにした。お客さんの中に映画が好きな人が居て私も映画が好きだったので、話は盛り上がり注文が決まった。
 会社の飲み会もせっかくなら美味しい物を食べたいと、自分で幹事を引き受けるようにした。自分の好きな物が食べられたし、入念にリサーチして店を選んでいたので、周囲からの評判も良かった。
 朝は会社に行きたくて、なかなか起きられなかったが、『楽しみ探し』を始めてからは直ぐに起きられるようになった。
 残業する時間も短くなり、仕事の進みも早くなった。
 そんな風に小さな楽しみを一つ一つ積み重ねていたら、いつの間にか営業成績が上がっていた。営業会議で胃薬も飲まなくなった。
 仕事は仕事、プライベートはプライベートと割り切るのは全く問題ない。
 プライベートを充実させる為に仕事をする、これも間違っていない。
 仕事に対するスタンスは人それぞれだ。それを否定する気はない。
 ただどうせ給料を貰うなら、嫌々やって貰うのではなく、楽しく貰ったほうが良いのではないか、という話だ。
 仕事をする上でポジティブな気持ちで臨んだ方が、パフォーマンスは確実に向上する。
 『仕事に楽しいことなんてあるはずがない』そう思う人もいるかもしれないが、それは誤りだ。仕事場はエンターテイメント施設ではない。楽しみは自分で探し、そして創り出す必要がある。
 初めはどんな小さな物でいい。その小さな楽しみの蓄えが、いつかきっとあなたを助けてくれるはずだ。
 さあ、今日も楽しんで仕事を始めよう。

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