【 公益財団法人 勤労青少年躍進会 理事長賞 】
「心、読めるんでしょ?読んでみてよ。」 合コンで言われるセリフ、第一位。 職業は“臨床心理士”と自己紹介すると、いつもこう言われる。 心を読めるようになったら、心が透かして見えるようになったら、どれだけこの仕事は楽になるんだろう。 だけど実際は、心にそっと近づかせてもらう、心の内側を教えてもらう。 心理士にはきっと、それくらいしかできない。 それくらいといっても、それがとっても難しい。 臨床心理士になって初めて担当したのは14歳の女の子だった。 小学校のとき、クラスの男子から上履きで頭を叩かれたり、椅子を蹴られたり、クラスの数人から無視されるいじめにあい、不登校に。 中学からは頑張って行きたいと思い通い始めたものの、教室に入るのが怖く、入学後1か月ほどで行けなくなってしまった。 リストカットや過食の問題もあり、カウンセリングでどうにかしてほしいと依頼がきた。 最初は私が挨拶をしても、ずっと黙っているだけだったAちゃん。 しかし、推しのアイドルの話やかわいがっているペットの話から徐々に心を開いてくれるようになった。 無理に学校に行かなくてもよいことを伝え、家族にも支えられる中で、少しずつ元気を取り戻していくことができた。 ただ、腕の傷だけはなかなか減らない。 私は、いじめのフラッシュバックやトラウマからリストカットをやめられないのだと考えていた。なので、安心しながら少しずつ過去を整理していくことを目指していた。 そんな中、Aちゃんはある日こう話した。 「腕の傷を見てると安心するんだ。心は傷だらけで痛くてたまらないのに、それは誰にも見えないでしょ。腕の傷なんて、たいしたことない。心はもっと独りぼっちでいるんだから。」 その言葉を聞いて、私は大きな思い違いをしていたと気づかされた。 今までリストカットは、「Aちゃんを傷つける危険な行為」と思っていた。 しかし実際は、「Aちゃんの心を守るために必要な対処」であった。 誰にもわかってもらえず、孤独に悲鳴を上げていた「Aちゃんの心」。 腕の傷は、孤独な心のヘルプサインだったんだ。 それから私たちは、切りたくなったときの別の対処法を考え、Aちゃんは頑張って別の対処法を身に着けた。 そして今まで感じてきた辛い気持ちを、ぽつぽつと言葉にしていった。 高校に上がる頃になると、腕の傷は薄くなり、新しい傷は増えていなかった。 そして高校卒業と同時に、カウンセリングも終結することにした。 最後の年は、彼氏の微笑ましい愚痴をこぼしたり、ダイエット方法に悩んでいたり。 ありふれた、だけどとても素敵な18歳の女性に成長していた。 心をよんであげられたり、透かしてわかってあげられたらどんなに楽になるだろう。 だけど、できないからこそ、「一生懸命理解しようとする努力」はできるのかもしれない。 断酒記録が3日以上更新できないお父さん。 欲しくてたまらなかった子どもなのに、生後3か月で母親を辞めたいと嘆くお母さん。 思っていることはたくさんあるのに、友達の前では話せない小学生の女の子。 あの時の結婚が間違いだったと後悔する80歳のおばあちゃん。 毎日職場で怒鳴られて、胃に穴が開いてもなお、会社に行き続けるサラリーマン。 「心が病んでる」。そんな一言では片付けられない人生が今日も目の前にある。 お腹を切って手術して、痛みを取り除いてあげることはできないけど、誰にも話せなかった“心の中にあるどろどろ”を一旦預かることはできる。 そして、“得体の知れないどろどろ”を言葉にして、心の内側を理解していく。 飽きるまでとことん、“明日をどう生きていくか”を一緒に考える。 面倒で、地道で、終わりが見えないときもある。辛さや悲しみに飲み込まれそうになるときだってある。 だけど、AIにはとって変えられない。 人が生きる道を支えるこの仕事には、決して飽きない豊かさが満ちている。