【 公益財団法人 勤労青少年躍進会 理事長賞 】

自信の源
日本大学第三高等学校  木村 創 15歳

「うちは、貧乏」母さんの口癖だ。共働き家庭で、母さんは毎日忙しそうにしていた。基本、仕事は休まない。自分の発熱(コロナ前)では薬を飲んで出社していた。つらい生活をしていると思うことが、度々あった。僕と弟を育てるため、しかたなく仕事をしているのだと、ばかり思っていた。
 何の仕事をしているのか。質問すると、「信金のお局よ」、「窓口に座っていると、富士額だけ見に来る人とか、いるのよ」と、ふざけた答えが返ってきた。
 僕が中学に入学した頃、自宅から一番近い支店に配属になったと喜んでいた。通勤時間は、電車で30分。コロナ禍で、自転車通勤が許された時は15分で通勤できてしまう。残業を嫌う母さんは本当にちゃんと働いているのか。
 信金のお局ってどんな仕事なのか、気になった。夏休み、こっそり見に行くことにした。ガラスの自動ドア、中までよく見えた。窓口に母さんは座っていた。本当に窓口係だった。隣の人は母さんより10才以上若そうだ。シャッ、シャッ、シャッ、パチン。お札を数える姿を見ると真面目に仕事をしてそうだ。
 外から見ている僕に気がついた母さんは、自動ドアを開け、僕を手招きした。夏の暑さで顔が真っ赤な僕を、ロビーで涼ませてくれた。まさか、母さんの仕事を見に来たとは言えず、暇だからサイクリングをしていたことにした。苦しい言い訳をしてしまった。ロビーに入りさっきより近い所で仕事を見ていると聞こえてきたのは「木村さん、今日も富士額キレイだね」80代位のお婆さんが言った。「こんにちは。ありがとう。今日、暑いから日陰歩いてね」と、母さんが言葉を返すとお婆さんは何の手続きもせずに帰って行った。本当に富士額だけ見に来る人がいるのだ。ますます母さんの仕事は謎だ。
 しばらく観察していると、若い窓口係の人は受付番号を呼び、お札を数えて返す。「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」しか言っていなかった。母さんはお札を数えながら、お客さんと笑ったり、悩んだり、真顔になったり表情をコロコロ変える。百面相だ。
 相続の話、教育の話、家を買う話、色々な話につかえることなく答えている母さんを見て、家とは別人のようだと思った。どのお客さんの前でも堂々とし、怖い顔したおじさんでもひるまない。若い職場の人たちの質問にもいくつも答えているのを見た。
 お局って言うのは支店のお母さんという意味だったのかなと思いながら帰宅した。帰宅して、別人のようだった母さんを思い出す。普段は家でふざけてばかりいる母さん。窓口で堂々と話をするその自信はどこから来るのか。母さんの謎のファイルにその答えは入っていた。資格証がびっしり。ファイナンシャルプランナー、住宅ローンアドバイザー、コンプライアンスオフィサー、テラー業務検定、何をするのか分からないもの。英語検定、図書館司書、簿記、僕にも内容が分かるもの。両手の指でも足りない数の資格証。いつの間に、こんなに勉強していたのだろう。イヤイヤ、仕事をしているのではない。本気で誇りを持って仕事をしていることに気がついた。
 勉強が嫌いで、大学には行っていないと言っていた母さん。確かに最終学歴は短大卒業。でも、勉強が嫌いで取得できる数ではない。金融機関で仕事をするということ。相手に信頼してもらうことの大切さ。このファイルの資格証が母さんの自信の源なのは間違いない。信用の高い仕事をする。プロになるということ。正確な知識とコミュニケーション力、今日、仕事の大切な心構えを教わった。

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