【 奨 励 賞 】

【テーマ:現場からのチャレンジと提言】
デュアルシステムを通して
大阪府  渡 辺 廣 之  66歳

デュアルという言葉を私に教えてくれたのは、息子である。高校の職員に就く彼は今、職場でデュアルシステムに取り組んでいるらしい。座学一辺倒の教育ではなく、企業での実習をカリキュラムに取り入れ、高校生の勤労観、職業観を育むための新教育システムのことだと、彼は言う。


定年まで勤め上げ、年金暮らしを始めたばかりの私は、息子からその話を聞いたとき、首を傾げたものだ。高校生は、まず学業を通して知識を身につけるべきではないか。それに加えて、部活動やホームルーム活動を通して、協調性を育む機会だってあるはずだ。アルバイトを禁止している学校もあるといのうに、学生のうちから企業での実習を始める必要なんてあるのだろうか。

息子は、そんな父親に対して、困ったような表情を見せた。そして、「お父さんや僕らの時代の教育は、それで良かったかもしれないけれど」と、語り始めたのである。

お父さん、板書された草花の育て方をノートに写す作業と、学校の花壇で草花を育てる作業のどちらが楽しいと思う? さらに、学校の花壇で草花を育てる体験と、育てた草花を実際に購入してもらう体験のどちらに充実感があると思う?

確かに、草花の育て方を知識として身につけるだけでは楽しくないだろう。そして、育てた草花は自分ひとりで観賞するよりも、だれかが買い求め、心を癒やしてくれるほうが充実感を覚えるだろう。なるほど、息子の言うことには一理ある。しかし、学生時代から焦って仕事をしなくてもいいのではないか。私はすぐには納得できなかった。

職に就いてもすぐ辞める若者が多いって、お父さんは前に言っていたよね。もちろん、若者にも問題はあると僕は思う。でも最近、ふと思うんだ。働く楽しさや働く責任感を実感できれば、若者だってそんなにすぐに辞めたりしないんじゃないかってね。

息子との対話を通して、私はいろんなことに気づかされた。時間給で得たわずかばかりのアルバイトの賃金を、すぐに遊興に使い果たしてしまう若者を見かける。しかし、そんな若者を求めているのは、現代社会のほうではないのか。働く楽しさは教えられず、お金目当てに働く職業ばかりが、若者の前に用意されている。SNSでとんでもない動画を流すバイトテロを引き起こした若者は、もしかすると、そんな労働環境の中で育まれたのではないか。たとえ、バイト先であっても、働く楽しさや働く責任感を実感できれば、そんな行動かとらなかったはずではないか。働き方改革が叫ばれている昨今、若者の働き方についても、もっと関心を寄せるべきではないのか。

デュアルシステムの意義としてもう一つ、忘れてはならないことがあると、息子は言った。それは、学生との対話を通して、企業側も若者にとって働き甲斐のある職場づくりに力を注ぎ始めることらしい。

もちろん、デュアルシステムのすべてが、初めから順風満帆で進むわけではないと、息子は言った。無断退勤した生徒を、夜遅くまで探したこともあるそうだ。職場の規律を守らない生徒を指導することも、再三あるそうだ。しかし、ある企業主が、「生徒さんが卒業したら、そのまま我が社に勤めてほしい」と言ってきたこともあるそうだ。

若者が、労働の弱者でない社会づくり。息子が、教育を通して目指していることが垣間見え、私は未来社会に期待を抱き始めた。頑張れ、息子よ。そして、生徒たちよ。

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