【 奨 励 賞 】

【テーマ:仕事探しを通じて気づいたこと】
その場所で積む
大分県  森  貴恵子  54歳

「あっ、○○君」

思わず、パソコンに向かって手を振った。検索ワードにふと思い出した彼の名前を打ち込む。40年以上会っていない同級生であっても、簡単に捜すことができる。彼の笑顔には、当時の面影と自信が溢れていた。

中学2年生、私と彼は同じ教室にいた。クラスメートとのたわいない会話の中で、「○○君」の将来がすでに決まっていることを知った。「実家の病院を継ぐ」はにかんだ笑顔のどこを見て、私は勘違いしたのだろう。「将来を決められているなんて、かわいそうだな」と、何となく感じた記憶。

パソコンの画面には、「がん 研究者」とある。実家の病院が現存するかどうかわからない。継がなかったということははっきりした。彼は、医学研究者になっていた。

私は、転勤族の父に伴い転校を2度も経験した。良い思い出はほとんどない。「家族は一緒に暮らすもの」という信念が、父にはあったのだろう。高校生だった姉は、編入試験も経験した。私たち姉妹は、金銭面の苦労があった両親から「安定こそが全て」と教えこまれたと思う。だから、私は「場所が移る苦労」よりも「安定」を優先して県職員になった。私たちが職業選択をしたころは、必ずしも自由に選べたわけではなく、生まれ育った環境が大きく影響した。しかしながら、情報の入手が限られていたことで、選択範囲が狭かったことは、悩まずに済んだという利点も確かにあったように思う。

「安定」は幻想にすぎなかった。私は数年前に早期退職した。退職後に進んだ大学院で「人は一生学び進化し続ける」ということを学んだ。今まで仕事で培ったものとほとんど関わりがない分野で、改めて学び直し、一つずつ積み重ねていこうと思う。

「○○君」を容易く見つけられる今の時代は時に酷だと思う。一時期同空間に生きた人の、その後を目の当たりにする。過去はやり直せないと誰もが知っている。今の自分をふがいないと思っていればなおのこと、ありえたかもしれない自分を想像するのはとてつもなく辛いことだ。

日本の人口は、30年後には約9500万人になるという。15歳から64歳は4900万人、今より2600万人減る。人が生きる世界だから、人でなければならない仕事は機械化されず存在し続けるだろう。これから、人それぞれの個性が大切にされる時代になると思う。

好み、特質、こだわりのような個性を意識できるのは、自分自身だ。生きてきた中で培った個性は、容易には変わらない。譲れない部分をそれぞれが持っている。「これからの人」は、できるだけ早くその部分に気づき、その部分が生かせる場所で「経験」を積むことだ。

10年後の自分をイメージしてみよう。そうすると、今考えられる究極の理想形が現れる。意識すれば、自ずとそこに向かう。今日できることを精一杯やる。明日も大切にする。どういう努力が必要か考える。そして、探す。

自分を生かせる場所を見つけ、社会と関わって欲しい。社会貢献して報酬を得るという構図だ。若いころは特に、社会貢献=報酬とはならない。たいていの努力は自分の成長に姿を変えるからだ。自分にあった分野を探す時間、そこにたどり着くための努力をする時間、その場所で「経験」を積む時間、それらを大切にした人は、30年後社会に必要とされる人になっていると思う。


人口推移参照

「国土の長期展望」中間とりまとめ

概要(平成23年2月21日国土審議会政策部会長期展望委員会)

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