【 一般社団法人 日本勤労青少年団体協議会 会長賞 】

【テーマ:仕事をしたり、仕事を探したりして気づいたこと】
「いま」、この時間
京都大学大学院 下野谷 涼 子 23歳

大学院で修士1回生をやっている。「昆虫少年」ならぬ「昆虫少女」のまま現在に至り、熱帯雨林で昆虫の研究をしている。マレーシアの森の中で、ひたすら虫捕りをすることが、私の生活の中心である。

修了後は、博士課程へ進学せず、就職することにした。決して研究が嫌になったのではなく、むしろ楽しくて仕方ないが、将来を考えた時、最前線の研究者よりも、自然科学を正しく面白く伝える人に自分はなりたいのだと気づいた。さらに専門性を突き詰めるより、現場に出ようと考えている。そのため、私が研究活動に従事するのは、修士の2年間が最後である。将来の目標のためにはもちろん、研究をしたいがために、大学卒業後追加2年の院進学を決意したのである。ただでさえ2年という短い期間であるのに、就職活動、いわゆる「就活」のために何か月も時間を使ってしまうのはもったいない。卒業後は何十年も仕事ができるけれど、研究はいましかできないのだから。

そうはいっても、「就活なんかどうでもいい。なんとかなる」といえるほど、強気にはなれない。多くの学生と同様に、就活と研究の両立に頭を痛めることとなった。先輩たちから話を聞くに、ある者は採用が本格化する6月にしか咲かない花を研究テーマにしていたために、ろくに就活できず就職浪人。逆に、夏から就活ばかりしていたがために、修士論文の内容はスカスカ、「何しに院に来たの」と本末転倒になる者も多かったらしい。

そこで、就活も含めた修士2年間の計画を立てることにした。就活が3月から始まるわけではないのはもはや常識である。インターンシップ、OB訪問、イベント、説明会。私は、調査地であるマレーシアへ、いつどれくらい滞在するのかを思案していた。

その折、驚くべきニュースを目にした。「夏のインターンシップへの参加者は7割」。これには焦る。長期観測なしに、自然の中で起こる現象をとらえることは不可能であるから、少しでも長くフィールドに 出ていたい。当然、今年の夏はジャングルの中で過ごそうと考えていた。「インターンシップは、採用に直接関係ない」と、高をくくっていてはいけないことにも気づいている。学部卒業後、就職した同級生たちの少なくない人数、「選考には関係ない」と言われ参加したインターンシップやイベントから、そのまま6月の解禁前に「ほぼ内定」をもらっていた。

優秀な学生へ、早めに内定を出すこと自体を「間違っている」とは思わない。多くのコストをかけて開催した機会で、きらっと光る学生いたら、つばをつけておきたいと思うのは当然だろう。

しかし、ここには大きな矛盾がはらんでいるとも思う。そもそも、早期から就職活動を精力的に行 学生は、本当にその企業のために働いてくれるのだろうか。なぜなら、参加者たちは「大学生」という役目を捨てて、次のステージである「新入社員」へ向かっているのである。目の前にある「大学生」に尽力できない者が、会社に入って目の前の仕事をこなせるのだろうか。集中して仕事をしてほしいとは 誰もが考えるはずで、新入社員へ、入社後も「転職活動」や「もっと自分に合っている部署探し」を続けてほしいとはなかなか思わないであろう。いい企業に行きたい、いい暮らしを送りたいとは誰もが考える。けれど、「今」この時間を充実さることも、大切なことだと私は思う。

先を見通してインターンシップや早期から説明会に参加し、なおかつ学業や大学生のうちにしかできないことも行うのがベストである。しかしながら、大学生の期間、大いに「大学生」に集中することを、 後ろめたく思ってしまう空気も漂っている気がしている。

考えぬいた末、来年3月まで、マレーシアの森に長期滞在することを決めた。就活への不安はないと言ったらうそになる。しかし、こうすることしか、不器用な自分にはできないのだ。どこに行っても、「いま」、この時間を楽しめる人に私はなりたい。

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