3年前に大学を卒業し就職した。その病院に入って今年で4年になる。ここまでは長かった。まさかここまで勤めることができるとは、入職当初は想像がつかなかった。こう思うのは、その頃本当にいやな職場に入ってしまったと思ったからだ。
卒業を間近に控え、僕はとてもナーバスになっていた。いよいよ働くのか。働いたらもう講義をサボってずっと寝ているみたいなことはできない。週2日の休み以外、ずっと拘束されてしまうんだ。これが40年以上も続くんだ。僕は大学のときアルバイトをしたが、6か月しか続かなかった。とにかく、人の話を聞くのが苦手だった。趣味は音楽だから、何とか卒業後はそれで食っていけないものかとずっと企んできた。だけど、音楽業界は僕を必要としていなかったようで、あっという間にタイムリミットがきてしまった。
就職活動は、真面目にみんなと同じ時期に開始した。3年生の2月くらいから合同企業説明会や会社説明会を連日回る日々。4月に入り、選考が開始される。夏までに大体の人が内定をもらう中、僕は内定が1つもなかった。エントリーシートや面接は馬鹿馬鹿しいと思ってやる気がなかった。面接官からはそんなふうに見えないようにしていたつもりだったけど、いま思えばそれが結果につながっていたんだろう。結局、やっと内定が出たのは11月。給与が他と比べて高く、土日が休み、実家に帰りやすい。とくにやりたいことなんてなくて、条件が良かったから決めた。いま思えば、こんな気持ちだから入ってすぐ辞めたくなって当たり前だ。
入職して早速壁にぶち当たった。わからないことを上司に聞くと怒られる。理不尽だ。なんでちゃんと説明してくれないんだ。怒られた後も誰もフォローしてくれない。同じ部署でも人間関係はドライだった。あいさつしても返ってこない。なんだよ、これが大人かよ。
毎日職場に行くのが苦痛だった。毎晩酒を飲んで、次の日の朝風呂に入る。でも、風呂から出たくない。結局遅刻しそうになる。そんな毎日だった。二度寝して遅刻したこともある。終わってるな、もう辞めたい。毎日その繰り返しで状況は何も変わらない。とりあえず仕事するしかなかった。朝早く行って仕事。昼飯食ったらすぐ仕事。
なぜこんなに職場がギスギスしているのか、そんな疑問で頭が一杯だった。それは、病院という場所のせいもある。事務職はあくまで裏方でああってサービスを売る仕事ではないし、目標を立てにくいからやりがいを見つけにくい。でも、それだけではなく、人それぞれが関わらないようにということを重要視してきたというのが一番大きいと僕は思う。仕事を共有すれば効率が上がることを面倒くさがって、自分は自分、他人は他人という区別でみんな仕事をしてきたのだ。だから、仕事を教えるときも適当になる。今やっている仕事はいつまでも自分がやるわけではない。次の人が必ずいる。会社の歴史はそのリレーの歴史なんだ。
僕には一つの見方が生まれた。仕事は今自分ができる一番良いやり方でやろう。誰かに仕事のやり方を教える、そこまでが仕事なんだと。
仕事により食らいつくようになった。仕事を覚えるために残業が増えるのは仕方なかった。残っていて日付を超えたこともある。メモをとっては、パソコンで清書してマニュアルを増やしていく。仕事のやり方は教えてもらうというより奪うもの、そんなふうに意識が変わった。半年たつと、自分の中に土台のようなものができたような気がした。
あれから3年がたち、僕は以前より職場で堂々とできるようになったと感じる。自分のためだけに仕事をやるんじゃない、一番良いやり方で仕事をしてそのやり方を次の人に受け継いでいく、ちょっとおこがましいかもしれないけど僕はそういう気持ちを持つことによって自信がついてきた。これからも仕事に真摯に向き合っていきたいと思う。