『にこにこ暮らせる地域づくり』。これは学生時代の私の夢であり、社会人となった今、人生をかけて達成したい目標である。
あなたは、身近な地域に暮らす人々の顔を、何人思い出せるだろうか。家族・親戚、いつもの友達、腐れ縁の幼なじみや、近所のおばちゃん。頭に浮かぶのは、少なくともあなたと同じ時間を共に過ごした人々だろう。しかし、あなたには背景に見える場所にも、たくさんの人が生活していることを忘れないでほしい。
私は高校時代、なんとなく医療職に就きたかった。理由は「人の役に立てるなんて素敵だし、就職に困らなさそうだから」という平凡なものだ。そして、仕事の内容や自宅から通える大学で取得できる資格であることを確認の上、理学療法士を目指すことに決めたのだった。理学療法士とは、簡単に言うと“リハビリテーションの専門家”である。当初は一般的な例に漏れず“リハビリ=怪我をして入院した人たちが歩く練習や筋力トレーニングをすること”というイメージを持っていた私だったが、大学の教授陣の興味深い授業により、その狭い了見はどんどん拡がっていった。理学療法士に病院の外、つまり“地域”にも活躍の場があることを知ったのは、大学2年生終盤のことである。
そんな時分、恩師に誘って頂いたゼミで、私の人生観が大きく変わる出来事があった。大げさな表現だが、今志す目標の根幹は、当時のトラウマから生まれていることを考えると、あながち間違った言い回しではないと思う。その日は、比較的人口密度の高い地域に住む高齢者の方々に、介護予防体操を伝授するイベントだった。参加者のひとりが、何気ない話の中でこう言ったのだ。「うちの地域って、孤独死が多いのよ。この間もおばあちゃんが家で死んでて、1週間後に見つかったんだって」
テレビを賑やかす“高齢者の孤独死”が、こんな身近なところで起こっている!?紛れも無い現実に、血の気がサッと引いた感覚は今でも忘れられない。何日経ってもその言葉が頭から離れず、その日から私は、嫌が応にも高齢者の孤独死問題に向き合うこととなった。夏場は熱中症が大敵らしいと聞くと、老人会や婦人会で熱中症予防の啓発講演をした。足の筋力低下で歩きにくくなり、家に閉じこもってしまうことでご近所との関係が保ちにくくなると知れば、集会所やお寺など、高齢者が集まりやすそうなところに一人で出向いて体操教室を開いた。参加された方々にはとても喜んで頂けたため勿論嬉しかったけれど、私の心はいつもどこかが陰っていたように思う。学生時代、様々な活動をしてみたけれど、「これで孤独死が減るかもしれない!」という希望の光はどうしても見いだせなかったのである。
しかし今、仕事を通じて、私はようやく問題解決の第一歩目を踏み出せたと実感している。私の所属する法人は“地域包括ケア”を提唱している。端的に言うと、“ひとりの高齢者を、地域みんなで支える介護の輪”のことだ。身体や精神が弱ってしまった高齢者は介護保険制度を活用し、ケアマネジャーやヘルパーなどの介護の専門家や、私のような理学療法士や看護師といった医療専門職と繋がることができる。ひとりで暮らす高齢者を何人もの温かい目が見守り、支援するのだ。少なくともこのケアを受ける高齢者は孤独死しないだろう。かつて孤独死問題に、まさに孤独に立ち向かっていた私に、上司や同僚は仕事の中で光の輪を示してくれた。普段ほとんど口にしないけれど、この場を借りてとびきりの感謝を伝えたい。
そして今、私の目標は、“介護に関わる職種が互いに連携しやすい環境を、リハビリの視点を持って整備すること”である。志を同じくする仲間達と共に、日本中の高齢者が年を重ねても馴染みの人たちに囲まれ、住み慣れた場所で安心して最期の時を迎えられるような地域社会の構築……つまり『にこにこ暮らせる地域づくり』を、これからも力強く進めていきたい。