【 佳 作 】
私の実家は蕎麦屋だ。祖父の代から営んでおり、今は父が柱となって経営している。私は学生のため平日は手伝えないが、忙しい休日や繁忙期のシーズンは皿洗い要員としてよく働いている。
一般的なイメージとして、お蕎麦屋さんの繁忙期といえば、年末の年越し蕎麦の印象があると思う。たしかに年末も忙しいのだが、うちの店の場合最も忙しくなる時期は6月だ。なぜ6月か、それは地元山形のさくらんぼシーズンが到来し、遠方から沢山の人がさくらんぼ狩りのために観光に訪れるからだ。近所には果樹園も沢山あるため、毎年その時期の昼時は目がまわるほど忙しく、私も昼時のラッシュが終わるまで丼を洗う手を休ませられない。
さくらんぼシーズンには実に様々な場所から観光目当てのお客さんがやってくる。北は北海道から、南は沖縄まで本当に様々だ。「5時間運転して来たんだ」「毎年この時期は必ず山形に来る」、そんな話を楽しそうに語ってくれるお客さんは少なくない。そんな中、一人のお客さんがお会計終わり、父に向かってこう言った。「今年も美味しかったよ」
このお客さんは毎年、さくらんぼ狩りに山形に来ると必ずうちの蕎麦を食べに来るらしい。父もそのお客さんのことをちゃんと覚えているようで、とても嬉しそうに笑っていた。うちは田舎の小さな蕎麦屋だ。しかし父の蕎麦のファンが全国に存在している。私はそのお客さんの言葉を聞いて、とても誇らしい気持ちになった。
うちの蕎麦やタレはすべて父が朝早くから仕込んでいる。お客さんがそばを注文してテーブルに運ぶまでかかる時間はほんの数分だが、その数分での提供を実現するために父が誰よりも早起きし、手間をかけて仕込み準備をしていることを私は知っていた。プロとしての仕事を毎日一生懸命やっている父を知っているからこそ、自分のことのように嬉しかったのだと思う。私は父の仕事ぶりから、毎日のこつこつ積み重ねてきたものは人から信頼され、普段遠い地で生活している人でも自分の仕事のファンを作ることが出来るということを学んだ。
最も身近な存在である親の、プロフェッショナルな仕事を見ることはとても大切なことだと思う。世の中のたくさんの有名実業家やクリエイターの話を聴くことも勉強になるが、親の仕事の話を見聞きすることは、より一層の学びと共感を得られると思うからだ。進路に悩む学生は、社会人の大先輩である親に相談してみるのもいいかもしれない。