厚生労働大臣賞

【テーマ:働くこと・職探しを通じて学んだこと】
親の背中
東京都  池 松 俊 哉  28歳

「社会人って楽でいいよな。」学生時代、心の中でずっと思っていた。ある日、中学生だった私は母親に「ぐうたらしていないで勉強しなさい。高校いけなくなるぞ。」と言われた。その瞬間、私の心の声が出た。「疲れたんだからいいじゃん。母さんは部活もないし、勉強もしなくていいし、仕事だけしかしてないくせに。うるさいな。」当時の私は、確かにそう思っていた。早く社会人になって色んなやるべきことから解放されたいとさえ思っていた。

数日後、母親が子供3人を集めて急にこんなことを言い出した。「母さん、大学受験してもいいかな」弟が「なんで?」と聞き返す。「助産師の仕事を続けていくうえで、まだまだ勉強しなくちゃいけないことがあるし、何よりも来年受験を控えているあなたたちにただ口で『頑張れ』と言うだけじゃ伝わらないと思って。母さん自ら示すことにしたの。」姉がすかさず「仕事は続けるの?」と質問する。「もちろん今の仕事を続けながら大学に通おうと思ってるよ。」3人共少し安心し、母親の意見を尊重した。その日から家族5人のうち、父親を除く4人が受験生となった。

自分の発言で大変なことになってしまったと少し後悔しつつ、母親の様子を今まで以上に観察するようになった。助産師という仕事柄、帰宅する時間は相変わらず夜10時を回ることも多かった。それでも、夕食を済ませるとリビングで教科書を広げ、毎日深夜まで勉強していた。私たち3人もさすがに負けてはいられないと勉強した。

秋になり、まず母親が試験を迎えた。結果は合格。母親と一緒に努力してきた私たちは家族みんなで心から喜んだ。また、子供たち3人も春に無事、第1志望の学校に合格することができた。

母親は大学生になってからも、仕事と勉強を両立させていた。それだけでなく、家事にも一切手を抜くことはなかった。「今日は期末試験でテストが4科目あるの。」と言いながら、朝6時には家族全員の朝食とお弁当を作り終えていた。ものすごいパワーを感じた。身長150cmの小さい体のどこにそのエネルギーを秘めているのか不思議に思うくらいである。

ある日、家族で近所のスーパーへ買い物に出かけたときのこと。ベビーカーを押した夫婦が「池松さん!」と母親に声をかけてきた。「あの時はありがとうございました。おかげ様でこの子もこの通り元気に育っています。」どうやら仕事で母親が担当した方だったようだ。難産で大変だったらしく、女性の方は母親の手を握り号泣しながらお礼を言った。母親は満面の笑みで赤ちゃんを抱え上げた。この時、普段は見ることのない母親の仕事での一面を垣間見ることができた。

仕事も子育ても全力投球な母親を私は誇らしく思った。

現在私は、社会人4年目の生活を送っている。昨年からコンビニエンスストアのお弁当やサラダなどの原材料の供給担当をしているが、「社会人って楽でいいよな。」と思っていた学生時代の想像とは全く違う。全国1万以上の店舗から上がってくる発注に対し、日々欠量なく商品を供給するのが役目だ。台風が来たり、大規模な干ばつが生じたりしても、野菜を常に安定供給しなければいけない。責任や目に見えないプレッシャーで押し潰されそうになる。今までコンビニには毎日商品が並んでいてあたりまえだと思っていたが、あたりまえの裏側には相当な努力が必要なことを実感している。学生時代、甘く考えていた仕事は、やってみて初めてその大変さに気づいた。

母親の助産師という仕事も、命を預かる現場で想像をはるかに超える重圧だろう。そんな中、50歳で仕事のスキルアップと子供のことを考えて仕事と勉強と子育てを並立させていた母親は、何て力強い人だろう。いつかきっと私も、母親のように仕事も子育ても全力投球で、子供から尊敬される父親になりたい。

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