【 努力賞 】
【 テーマ:多様な働き方への提言】
ドリーム
千葉県  渡 会 克 男 66歳

「先生、言ってましたよね。『損得勘定で生きる一生なんて一番つまらない』って。その言葉に共感して、今の僕があるんですよ。でも、仕事でも恋愛でも最近、打算的になっちゃってるんです」と、大学を中退してニューヨークに渡り、フリーターで稼ぎながら音楽や映画の情報を日本に発信している元教え子。

 彼の憂い顔に、罪作りなことをしたかと私は少々後悔する。

彼の中学時代、私は短い生涯を終えた若者の話をした。ヨーロッパアルプス・モンブランを登攀中に滑落死した、やはり私の教え子の一人だ。雑誌『山と渓谷』にたびたび寄稿し、NHKのドキュメンタリー番組にも登場したりして、知る人は知る将来を嘱望された冒険家だった。

「片手で懸垂が出来るヤツだった。ビルの窓拭きのバイトで真っ黒に日焼けし、金が貯まると山に向かう。そんな男に損得勘定など無縁だろう。滑落事故の一月程前、ファミレスで食事したとき『好きなもの選べよ』、『先生、悪いね。じゃあ、ステーキ』――それが彼との最後の食事になった。『俺は俺で良かった、そんな一生を送りたい』――彼の遺稿集の中にある言葉だ」

 そのように一人の山男を生徒の前で持ち上げたのだが、今思えば公務員という安全地帯にいる傍観者の無責任と言うべきだろう。

ただ、私自身もまた教員になる前は夢ばかり追いかけていたフリーターだった。夢に限界が見えたとき、同じ仕事をこなしているのになぜバイトと正社員で賃金格差があるのか頭に来て、正規の定職に就いたのだった。

「今の生活に満足はしてるんですよ。毎日が充実してるんです。しかし、アメリカンドリームと言えるほど大きなものではないけれど、プチドリームを持っていて、もしそれが叶わなかったらどうなるんだろうかという将来への不安が首をもたげ始めたんです」

「英語はペラペラだし、お前の才覚なら日本に戻っても就職口なら幾らでもあるだろう?」

「駄目ですよ、日本は。能力主義じゃないし、同一賃金同一労働でもない。一度レールを踏み外したら、非正規でこき使われる道しか残ってないもの。オヤジ達を見ていると、従来の年功序列システムは日本が外国に誇るべき長所とは思うんですけどね。外国で働いてみて、その良さを再認識しましたよ」

 彼とのやりとりから時代の流れを感じる。高度経済成長時代には私のように多少回り道しても未来が開けていた。学歴、経歴など中途半端でもジャパンドリームを叶える人がいた。

果敢に夢に挑戦する若者をもっと活かすことが出来ないか。彼らには夢を追う分だけ安定志向の者より少なくともパワー、ガッツがあるような気がする。また、低賃金に甘んじながらも世のため人のためになる仕事に生きがいを求める若者も少なくない。

せめて正規非正規に関わらず同一賃金同一労働、生涯労働時間に応じた適正な年金保障があれば、損得や銭勘定から離れた夢を失わず、ささやかな生活であっても『俺は俺で良かった』と振り返ることが出来るような一生を送れるのではないだろうかと思う。

別れ際、彼が言った。

「先生やオヤジ達の世代の遺産もそろそろ底をつくよ。厚生年金なし、低賃金の非正規社員ばかり増え続けるこの流れでいいのかな? おまけに単純労働はやがてロボットが肩代わりする時代だよ」

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