【 努力賞 】
【 テーマ:働くこと・職探しを通じて学んだこと】
遅刻が教えてくれた
埼玉県  東海林 雄 一 57歳

私事で大変恐縮だが、私は二十代の頃、よく始業時に遅刻をした。五分以内の遅刻ばかりだった。先輩や上司から「あと五分早く着くようにすることはそんなに難しいとは思えない」と叱責された。「五分早く着くということは五分早く家を出ることではない」とか「あと五時間早く着くほうがむしろ簡単かも知れない」など励ましや冗談交じりの忠告も頂いた。

私自身出勤するのが嫌で遅刻していた訳ではなく、毎晩深夜まで本を読んだり語学テープを聞いていたほうが友人達と酒を飲んだり映画を観たりするより多く、寝不足ではあったが、将来の自分のために努力していたつもりだった。

当時はまだ私に部下はおらず、後輩だけであったが、その後輩達も当然のことながら誰一人として遅刻をしなかった。今から思えば遅刻をしないということは必須などというのもおこがましい程社会人として当然

過ぎることだ。遅刻を頻繁に繰り返す人に重要な仕事を任せることは全く考えられない。一事が万事だと考えるからだ。

私が遅刻をしていた頃から四半世紀以上が経つ現在、遅刻を繰り返す部下が配属となった。社内の前の部署でも遅刻が多い青年だった。前の部署では遅刻の度に怒鳴られ、多くの先輩達に可愛がられていたものの、挙句の果てはその事業所長を怒らせていた。

その部下が遅刻を繰り返す原因を確認しなければと私は仕事帰りに彼を居酒屋に誘った。昼の社内だけでは本音を出せまいと考えた。彼は仕事への意欲が極めて強く、志も高いものがあった。ちょっとした面接や面談では引き出せない内容の話を彼が率先して私に話した。彼が配属されてから、私は彼が指示待ち人間でないことや自分の責任範囲を小さく狭める性格でないことは仕事の中で気付いていた。総合力で高い能力があると思った。

彼は遅刻をしている事について悩んでいた。私は会社に来たくないから遅刻をしている訳ではないと判断した。

私自身の経験を彼に話した。遅くまで本を読んでいて何度も遅刻をしていた私に当時の直属の上司は「5分でも遅刻だと思ったら、午前中休暇と連絡をくれ。仕事は俺が何とかしてやるから」と言われたのだ。そればかりか事業所のトップである所長に呼ばれ、私は様々なことを覚悟して所長の前に立った。するといつもの厳しい表情ではなく、穏やかな口調で「タイムレコーダーのキーを貸すから時間を5分位遅らせてもいいぞ」と言われた。社内でも仕事に厳しいと定評のある所長からである。

私はこれには参ってしまった。ここまで私が必要だと思われていたのかと自分の愚かさに愕然とした。

それからは一日も遅刻をしたことがない。人が人を信頼し、人として大切なことは何かを考えていなければ良い仕事はできないと私の心は引き締まった。

そんな私自身の経験を聞く彼らの目の色は明らかに変わっていった。彼の心に何かが届いたようだった。そして言うまでもなく、彼の無遅刻の記録が始まった。

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