週末のスーパーで、ケーキやギョウザやめんつゆなどを売る、特設コーナーを時々見かける。あのコーナーに、私は並々ならぬ思い入れがある。
学生時代、その出張販売のアルバイトをしたことがある。朝本社に集合し、その日売るものと売り子たちがトラックに乗せられ、それぞれのスーパーの前で一人ずつ降ろされ、時間が来ると迎えにきてくれる。というシステムだった。どこで何を売るかも知らないまま、売られていくドナドナの子牛のように不安だった。
私が派遣されたのは、子供の頃から親に連れられてよく行った、隣町のスーパーの地下食品売り場だった。トラックの運転手が荷物と私を所定の場所に降ろすと、現場の担当者に引き渡され、今日売るおはぎの値段やら梱包の仕方などを教えてもらう。一緒に一通りの動きを確認すると、じゃ、あとは一人で頑張って。と通路に置いていかれた。スパルタ式だ。今からおよそ9時間…。ゴールは果てしなく遠い。
ただただ突っ立っているのも居心地が悪く、見よう見まねで呼び込みらしきものをしてみる。いらっしゃいませ。とこんなに言えないものかと思う。照れる…。言えない…。恥ずかしい…。悶々と考えながら、小さな声でぼそぼそとつぶやいていたら、キャップをかぶったおじさんが止まってくれた。しかも二つ買ってくれた。ありがとうございます!はすんなり言える。不思議なもので、一人が買ってくれると次々と人が来た。並ぶほどの勢いだ。慣れない手つきで必死で梱包し続けた。
客足が一段落した時、反対側の通路にハムを売るバイトの女子が見えた。きっと同年代の学生だ。しかもかなりの盛況だ。私はハムへのライバル意識がメラメラと燃えてくるのを感じた。おはぎを梱包しながら、いらっしゃいませ。と言っている。おはぎいかがですか。とまで言えている。ハムも負けじと呼び込みをする声が聞こえる。
ハムとの戦いのおかげか、客足が途切れることは少なく、順調なペースで売れていったと思う。担当者が迎えに来てくれた頃には、その場所がすっかり自分の居場所となり、立ち去るのがさびしいとすら感じていた。明日からはいつものただの通路に戻ってしまう。
後から聞いた話では、私はその時、バイトの売り上げの新記録を達成していたそうだ。なぜそんなことを知っているかというと、その後、何度もそのバイトの勧誘の電話がかかってきたからだ。
私は、まったく優秀な人間ではない。さっさと辞めてくれ。という職場もあったし、明らかに向いていない仕事もあった。だが、実力も自信も何も無いこの自分を、必要としてくれている場所もある、と知った。たぶん生まれて初めて、自信というものを手にした出来事だった。
今もスーパーの通路で、頼りなげな女の子がカレーのルーなどを売っていると、つい買ってしまう。試食品をいただきながら、この子がこの仕事を通じて、その後の人生を変えるような、何かをつかむといいな、と思う。もちろん、視線は反対側の通路に、ライバルのハムがいないかどうかを確認している。