自分のやりたいようにやったらええよ。
喫茶店で、私は上司にそう言われた。
当時、仕事でミスし私は相当落ち込んでいた。同僚にも冷たい視線を浴びせられ、仕事でわからないことがあっても気軽に相談できずにいた。
それを見かねた上司が、昼休みに私を喫茶店に誘ったのだ。私は上司に何を言われるのだろうと内心びくびくして上司に付いて行った。
喫茶店は職場から道路を隔てて道向かいにあった。上司はマスターに声をかけホットコーヒーとトーストを2人分頼んだ。
「きみ、家からココまでどうやって来てるの?」上司はおもむろに口を開き尋ねた。「電車で、通勤時間は1時間ほどです。」私は少し拍子抜けしたが安堵感が湧いてきた。上司は毎朝必ずこの喫茶店に立ち寄りコーヒーを一杯飲んでから職場に入るという。上司は定年を間近にひかえ、皆から親しみをこめて「じい」と呼ばれていた。飄々とした性格であるが、ここぞという場面ではとても頼りになる上司であった。
それは、窓口で相談者が無理難題をいって担当者が対応に苦慮していたときであった。呼ばれて上司が出てきた。「今日は暑いでしょう。とりあえず座って休みましょうか。」上司はカウンターから出てきて相談者を後ろの長椅子に座らせた。上司は相談者の横に座った。相談者は少しお酒に酔っていて、話す内容が支離滅裂であったが、上司は丁寧に話を聴いた。声を荒げていた相談者も、落ち着きを取り戻し、自分の言った言葉につじつまが合わないことに気付いたのか言葉が出てこなくなった。「ちょっとしんどそうだし、酔いが醒めたらまた来てください。」上司はそう言い、相談者も納得して帰っていった。
相手を思いやる自然な応対。私は上司のようになりたい、そう思った。喫茶店で私は上司にそう話した。上司は笑みを浮かべた。「なかなか大変なこともあったけれど。まあ、何とかなるよ。」
上司と私は、出されたトーストにバターを塗り、熱々のうちに食べた。その後コーヒーを飲みながら、趣味の話や世間話をして過ごした。私はその間、上司のような応対が出来るか考えていた。私は、話が回りくどく相談者を怒らせたりする。規則だから出来ないと言ってこれまた相談者の怒らせてしまう。
要領悪く融通の利かない私が上司のようになれるのか。
私が少しうつむいていたところ、上司が言葉を掛けた。
「きみ、まあそんなに考え込むことはないよ。きみはきみの良い所があるんだし、それを伸ばしていったらいいんじゃないかな。自分のやりたいようにやったらええよ。そうしたら、きっと仕事もうまくいくよ。」
上司と私は、喫茶店を出て、職場に戻り午後に仕事を始めた。
あれから、3年経った。窓口で相談者の応対をする時、私は当時の上司のことを思い出す。相手の立場に立った応対、自分にしか出来ない応対を目標に仕事をしている。相談者が安心し納得し希望を持てるように、私は常に切磋琢磨している。私はある時、ふと、喫茶店で上司が伝えたかったことを考えた。
あの時、上司が私に伝えたかったのは目標をもって努力することだったのかもしれない。
私も年齢を重ね部下を持ったとき、部下に指導するにはどうすればいいか、その時、また色々と悩むことが出てくると思うが、喫茶店での上司の言葉を思い出し、切磋琢磨したいと思う。
「自分のやりたいようにやったらええよ」