【 佳  作 】

【 テーマ:働くこと・職探しを通じて学んだこと】
あなたに接客して欲しくない
北海道  Y.K.  43歳

あれは、とりわけ暑い夏の日のことだった。私はとあるデパートの化粧品売り場で働いていた。週末でフロアは混雑している。次々来る客をさばくのに一生懸命だったが、ふと気づくと一ヶ月ほど前に接客し、それ以来ご無沙汰だったお客様が上司と話をしているのが見えた。私は頷いて挨拶をしたが、その方はなんの反応も示されない。気づかなかったのだなとそれ以上気に掛けることはなかった。

それから長い一日がようやく終わり、心地よい疲れを感じていた私に上司が声をかけてきた。「〇〇さんってわかる?」それはさっき上司と話していたお客様だ。わかります、と答えると上司は少し困った表情でこう告げた。

「お客様がね、前にあなたから受けた接客が嫌だったと言ってきたの。あなたがいるから売り場に来られなかったんですって。化粧品がなくなったので来たけど、今後あなたにだけは接客して欲しくないって言うの」

私は頭が真っ白になった。え? なにかしただろうか? 信じられない思いで事実を受け止められない。「そう言うことだから〇〇さんには近づかないようにね」そう通告された。

 当然のことながら、ひどく落ち込んだ。自分の何が彼女を不快にさせたのだろうと考えた。その頃は経験が浅いこともあり売上成績が低かった。ノルマを達成するためにと誰よりも積極的に声を掛けるようにしていた。商品を手にとった瞬間に声をかける感じだ。それがいけなかったのか。こんなにはっきりと『NO』を突きつけられたことはこれまでにない。ショックだった。

翌日はいつものように積極的に話しかける気にならず、カウンター越しにぼんやり売り場を眺めて過ごした。自信はすっかり損なわれていたし、また叱られるのは嫌だった。空き時間に私自身を拒絶したお客様に手紙を書いた。そんなに長い文章ではない。不快にさせてしまったことを詫び、教えていただいたことに感謝を示す内容だ。きっと一方通行だ。そんな風に思いながら、封をした。

やる気はほとんどなかったが、なんとはなしに来店客を観察していると、声をかけて欲しいタイミングがあるように感じた。そのタイミングで声をかけると会話がいつもよりずっとスムーズになる。結局、その日は積極的に売りにいかなかったにも関わらず売上は悪くなかった。

それからしばらく経ったある日、あのお客様が売り場に現れた。胸が早鐘のように鳴る。まずいことにそのとき売り場には私しかいなかった。『話しかけるな』と上司からは釘を刺されている。どうしよう、休憩中の同僚を呼びに行こうか。そう思った瞬間、そのお客様は一枚の紙を差し出した。書かれた字には見覚えがある。私が出した手紙だ。

「ずっとここに来たくなかったんです」お客様は真っ直ぐに視線を捉え、ニコリともせずに言う。背筋に冷たいものが流れた。とうとう面と向かって苦情を言いに来たのだ。

「不愉快にさせてしまい申し訳ありません……」声が震える。お客様は首を横に振った。「この手紙を受け取り、考えが変わりました。あの時不快だった気持ちは残っていますが、あなたが変わろうとするのを感じたから、こちらも変わらなければ失礼だと思ったんです」そう表情を崩すことなく淡々と話された。

「だから、今日来ました。これからも通いますからよろしくお願いします」

 胸がいっぱいになった。今にも涙が溢れそうになる。必死で涙を押しとどめるも声は濡れ、感謝を伝えたいのにしどろもどろになった。そんな私に、お客様は小さく微笑んだ。

この一件以降、私はやり方を改めた。自分本位ではなく相手に合わせた接客を心掛けたのだが、いつしか売上げもリピート率もナンバーワンを達成していた。

この経験は私自身を大きく成長させてくれた。ただ拒絶するだけでなく歩み寄ってくださったお客様

には頭が下がる。あの時頂いた厳しい言葉がなければ今の自分はない。働く上で本当に大切なことを学

んだと、心から感謝している。

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