【 入 選 】
「では、恩師である先生方に挨拶をお願いしましょう。一組の坂田先生からどうぞ」
「・・・・・・ところでみなさん、私はあの頃ね、ある調査をした。覚えているかな」教え子達は、この初老の私を訝しげに見る。「ほら、<将来の夢>調査だよ。皆さんは、それぞれが大きな夢を持っていた。男子では、プロ野球選手、博士、化学者、公務員、大会社とか。女子では看護婦、お菓子屋、学校や保育園の先生、アイドルなどとね。そこでお願いだ。ここに追跡調査表があるので、今書いてください」
同窓会で変てこりんなあいさつになった。○×式のこんな調査はすぐ終わる。その結果・対象者50名(現在22歳、23歳)・当時の年齢 五年生(10歳・11歳)12年前の五年生の追跡調査だ。
調査@あの頃の夢が今どうなっているか。
実現2 別の仕事38 無答10
調査A夢はいつ変わったか。
中学生5 高校生31 大学1 無答13
調査B今仕事についているか。
就いている38 就いていない3 無答9
調査C今どこに住んでいるか。
日向市内14 宮崎県内10 県外15 外国0 無答11
*無回答は無職中・主婦。主婦専業の恵子が「先生、道代はね、もう四回も転職しているよ。ま、あっちこっちと」「えっ、この年にして四回も転職を・・」私は、心臓に手を突っ込まれた感覚だった。「でもね、道代はね平気な顔をしている。なんだか張り切っているみたい」そこに恵三が割り込む。「先生、ぼくの弟は福岡市のN銀行に就職内定したんだけどね・・そこからが面白いのよ」と言って、就職に先立って、契約書を書かされたこと。その内容は、就職したら三年以内は辞めないということ。高校、大学卒の就職状況は100%近いのに、三年以内の離職率が4割もあるとか、このことを思い出した。同窓会もたけなわの頃、追跡調査の結果発表。「ははは、根拠のない子供の頃の夢は、やはりだめか。実現はたったの2名か」「ほう、夢は高校生の頃根付くんだなあ」と分析も的確である。海辺の学校の同窓会。幹事の奮発で30キロのキハダマグロの刺身のご馳走だ。話が弾む。酒の力がかつての恩師を冷やかす。「子供心に<先生は生意気だったなあ。先輩先生と議論、口論してた>」「私は生意気だったのかも。校長や先輩が<塚田君、あんたは教員を辞めろ>、転勤して行った九州山地の麓の学校では<あの先生は追い出せ。組合の猛者じゃけん>」「しかしな、私は教員を辞めなかった」「先生は、根性があったんじゃ」「根性ね、なるほど。それよりもだな、かけ算九九が言えるようになった時の子供のあの笑顔、鉄棒でも作文、割り算でもね、できだした時のあの顔、子供の喜ぶ顔を見るのがうれしくてねえ。この充実感。私はね、この仕事が自分には一番適している、誇りすらもってた。誰がなんと言おうと、教員は辞めなかった」「でもねえ、先生。いろいろな事情でね、ほら、あの道代みたいに」「道代は、平気な顔をしていると言ったね。それでいいんじゃないの」「先生、何を言いたいのですか」「四回目の転職。何でも今は歯科医の助手とか。縁あって、今の仕事を好きになろうと努力しているんだよきっと。平気な顔はそのことなんじゃ、仕事とはね、喜びが伴うんじゃよ。人が喜ぶ、自分も幸せ、とね」「いいこと言うねえ。はい、座布団一枚」「ははは、ほめられたか、ありがたい。よし、それなら私から贈る言葉だ。君達はまだ若い。贈る言葉はこれだ<若者よ、荒海に漕ぎ出せ>」