ずっと興味のあった農業を、半年前から始めた。といっても、自分で始めたわけではなく、私が住んでいる市内の山側にある、農園で働き始めたのだ。その農園は、昔ながらの農家さんで、両親と長男、その嫁で営まれている。70代の両親に代わって、数年前に世代交代をした40代の長男が農園のオーナーとなり、バリバリと精力的にこの農園を引っ張っている。そしてお嫁さんもまた、オーナーを支える大きな力として子育てをしながらパワフルに活躍している。
幼いわが子に食べさせる安心な野菜を求めていた私にとって、エコ野菜を栽培しているこの農家さんと出会い、学ぶ機会を与えられたのは、偶然というよりも運命だったように思う。
この農園から見える山の景色は緑が美しく、空も澄んでいて特別に青い。春にはウグイスの声を聞きながら田畑で土をいじり農作業をしていると、とても平和な気分になれる。たとえ日常でいやなことがあっても、自然の中に身をおくと、気分は晴れて癒される。都会で会社勤めをしていたころには味わえない開放感だ。
しかし、夏の農業ははっきり言って過酷である。どれだけ暑かろうが、大雨が降ろうが、生り物がある限りは収穫をしなければならない。外も暑ければ、ハウスの中はもっと暑い。
暑さと、汗と、かゆさが揃った地獄の三拍子。
というようなことも、この仕事をするまでは知る由もなかった。スーパーに行けば野菜は簡単に買えるし、野菜が高くなったなどと文句は言えど、それを栽培してくれている人のことなどは考えたこともなかった。
土を耕し、苗を植え、肥料をやって水をやって、成長を追って手入れをし、やがて美しい花が咲くと実がなり、そして収穫のときを迎える。自分が植えた種や苗が、病気にかからず無事に成長し、収穫できる日を迎えるのは、まるでわが子が成人したような喜びがある。元気でいてくれて良かった、と本当に嬉しくて感謝する。
夏野菜が真っ盛りの今、収穫されたとうもろこしの粒はまるで真珠のように美しく、なすの艶、トマトの輝き、きゅうりの深い緑はまるで芸術のように素晴らしくうっとりしてしまう。そして食しても尚、その野菜がもつ瑞々しさや甘さ、おいしさに感動するのである。
日々成長する作物からは強い生命力を感じ、それを体内に摂取することで私自身のエネルギーとなる。命って、こういう風につながれているのだなと実感できるこの仕事。
こんな仕事って、ほかにあるだろうか?
一生懸命働く両親の姿を間近でみている子供たちは、親を尊敬しているし、食べ物と言う命を大事にするだろう。この農園で、今の日本ではあまりみられない理想的な暮らしを目の当たりにし、人間って本来こうやって生きていくべきではないだろうかと私は思った。
そして、都会のややこしさに心が折れてしまった若者に、是非一度、農業を経験してほしい。農業はしんどい仕事だが、よく体を動かして汗をかいたあとに食べるご飯のおいしさ、お風呂の気持ちよさ、晩酌のうまさは格別で、そんなシンプルなことが「あぁ、生きているって素晴らしい」と思わせてくれる。今、私は生きている。そう感じられたら、毎日の生活はもっと活力にあふれ、輝くのではないだろうか。そして、田畑を耕す若者が増えたなら、日本はもっと元気になるだろうし、この世界はもっと平和になるだろうし、人の温かみをもっと感じられるようになるとも思う。
将来の日本を担う若者たちよ、こんな時代だからこそ人間の原点に戻って農を営んでみてはいかがでしょう。今まで見えなかった大事なものが、はっきりと見えるようになる感性が磨かれるかもしれませんよ。