【 佳 作 】

【テーマ:仕事・職場・転職から学んだこと】
Aさんからのクレーム
石川県 鹿野純平 29歳

「クレーム」

この言葉を聞いて良い気持ちになる人は、恐らくいないだろう。以下、私が経験したお客様からの「クレーム」である。

私の仕事は個人のお宅に食料品を配達することだ。ある日、いつものようにAさんのお宅に配達に伺うと、商品のお届け場所に鉛筆でびっしり書かれた手紙が置いてあった。内容は「この夏、親類にお中元として贈った海産物がとてもまずかった」ということであった。そのときは「まずかったお中元を今更どうしろと言うのだろう」というのが正直な感想だった。真意を確かめるためにインターホンを押した。

60代の女性、Aさんが出てこられた。
「こんにちは。配達担当の鹿野です。お手紙拝見しました」
「毎年あなたのところでお中元を使っているけど、こんなにひどい商品を贈ったのは今回が初めてよ。食の安全・安心の会社だからとても信頼していたのに、とても残念・・・」

その時のAさんの様子は、「怒り」よりも、「失望、落胆」に近かった。
「まずい」という表現が曖昧だったが、具体的に聞くと「冷凍の魚がパサパサしていて魚本来の旨味も何もなかった」ということであった。同じ商品を親類4人に送ったが全員が同じような感想を持ったとのこと。

私はクレーム対応のマニュアル通り、当時の商品の状況をAさんからなるべく細かく聞き取り、メーカーに報告した。後は調査結果を待つだけで、いつも通りの仕事だった。

しかし、その後、今回のクレームは今まで私が経験してきたものと性質が違うことに気がついた。これまでのクレームはお客さんが「自分用」に購入した商品に関するものだったが、今回はAさんが親類に日頃の感謝の気持ちを伝える「贈り物」であった。加えて、お中元を受け取った側が口を揃えて「まずい」と贈り主に伝えたことは私の中では前代未聞のことであった。親類一同から事実を聞かされたとき、Aさんはどんな気持ちになっただろう。

商品の品質も問題であったが、それ以上に今回の問題は「お世話になっている親類に美味しいお中元を贈れなかった無念さ」にあると感じた。これ以降、対応の姿勢が変わった。

常に「Aさんならどう思うか?」と想像し、対応するときは態度と言葉を慎重に選んだ。Aさんに寄り添って話を聞き、Aさんが納得するまで何度も報告を行った。約2カ月の間で計6回通い、メーカーからの原因調査の報告と再発防止策を伝えた。一応、対応を終えたが、これで何もかも解決したという自信はなかった。

数週間後、いつも通りAさんのお宅に行くと配達場所にキレイな箱と手紙が置かれていた。「お中元のクレームの続きかな?」と、恐る恐る内容を見ると、
「純平さん、今日は我が家の愛犬の誕生日です。それで自家製のあんパンを焼きました。食べてください」
とあった。一瞬、何が起こったのか分からなかった。

「純平さん?」今までは名前も呼ばれたことがなかったのに。しかも手作りのパン。素直に嬉しい。しかし、どこか納得がいかない。疑念を持ったまま、お礼を伝えに行くと、
「この前のお中元の件は、本当にありがとう。忙しい中、何回も足を運んでもらって。商品のことは残念だったけど、きちんと原因と再発防止策も報告してくれたし、何より美味しいものを贈れなかった私の残念、無念な気持ちをしっかり汲み取ってくれたことが嬉しかった。ありがとう」

これ以上に嬉しい瞬間はなかった。

クレームを受ける前と後ではAさんとの関係は全く違うものになった。今まで以上に商品を利用してくれるようになり、仕事や家庭などお互いの近況を報告し合う関係にもなった。

Aさんと出会うまではクレームは「できれば避けたいもの」と、後ろ向きに捉えていた。しかし、今ではクレームは対応次第では「相手との関係を深めるチャンス」だと自信を持って言えるようになった。Aさんから学んだことを大切に、これからもお客様の声にしっかり耳を傾けていきたい。

戻る