【 佳 作 】

【テーマ:私が今の仕事を選んだ理由】
仕事の楽しさいろいろ
栃木県 野尻敏夫 79歳

公社の地方の職場に勤めて10数年たったころ、不意の人事で未経験の営業部門へまわされることになりました。地元の勤務先から小一時間かかる自動車通勤となって、転職するような不安を覚えたものです。

特に訪問セールスについては皆目要領を得ませんでした。売上は横に置いて、とにかく新しい仕事を楽しんでやってみようと、思い惑うことなく「頑張ってみます」と引き受けていました。

研修会や訓練も無ければ、商品知識もゼロに等しかったのですが、何もかも楽しんでしまおうという楽天的な心掛けが、幸いしたようです。

売れ筋のサービスや機器類に、以前から興味のあった商品をないまぜて自習しました。関心をもった事務所や工業所、心惹かれた商店や住宅から先に訪問して、一日でも早く地域の方々とよしみを結ぶことに努めました。

商品知識や行動範囲を広げていく楽しさを味わいながら、お客様を増やし、販売実績を積んでいったのです。

そして、商品を手に入れたお客様の充足感が、満足の笑顔が私の喜びでしたし、心の糧ともなったのです。営業の範疇には故障や事故の陳謝、謝罪だったり、使用料滞納の督促など苦い仕事も多かったのですが、努力しだいでお客さまの願いを満たし、陰ながら喜びを味わえる役向きもありました。

人様に喜びを届けて対価を得る、楽しい仕事だったとつくづく思います。商いや事務に携わる人、芸術家や研究者などはもちろん、機械部品のネジを作るような単純な作業を担っている人も同様な体験をしていることでしょう。

一時、蒔絵師のもとに弟子入りをした私は、シンプルな作業の大事なことを実感しています。

一筆の葉を何百足の下駄に描き詰めていたり、松の葉形の刻印で漆を押し続ける毎日だったりするのです。華麗に仕上がった下駄を履いてくれる花嫁さん、着物を楽しむ女性の笑顔を思い描きながら、ひたすら瑞瑞しい一筆書きに努め、松の自然な枝葉に執着していたのを思い出します。

多くの人の暮らしや心を満たすために働いている、その一挙一動に楽しさを意識できたらと思います。さらに、意欲的に楽しさを求めて働けたら最高でしょう。

各地方都市にある事業所の窓口や自社の商品を駆使し、地域に根差したサービスを開発提供して住民と楽しみたいと、本社にビジョンを提案して注目されたことがあります。

幾つかのサービスが日の目を見ました。提案には書きませんでしたが、県都で広報を担当したときに無茶な試みをやらかしました。

勤務先の大きなショーウィンドーから強引に商品見本やポスターを撤去して、養護学校に通う心身障がい児童の作品展示場として開放してしまったときは、痛快でした。

市民に好評でしたので地域社会との絆が深まり、話題の提供だけでも仕事にプラスになったようでした。仕事にはこんな楽しみ方もあったのかと、ひそかに有頂天になったものです。

人のために働ける、世の中のために仕事ができる楽しさ。たとえ小さな作業でも、苦労のかかる厄介な裏方の業務でも、少しでも喜んでいただける結果を心に描きながら、楽しんでいきたいものです。

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