【 佳 作 】

【テーマ:「世界と日本」海外の仕事から学んだ事/日本の仕事から学んだこと】
勇気と誠実さ
フランス マザール荒井明子 65歳

フランスに住んですでに25年になるので、日仏の文化の違いは嫌というほど経験している。しかし、勇気と誠実さには文化の違いを超えるものがあるように思える。

ある日本の企業が、大手の仏自動車メーカーに初めて日本製プレスを納めたことがあった。取付けから立ち上げまで、それはそれは難事業だった。その後も、トラブルはいろいろ続いた。何せメンタリティもものの捉え方も大きく違う二つの国民性である。

ある夏、プレスの点検工事に通訳として立ち会ったことがあった。

夏季休暇中は、仏自動車メーカーにとって大変重要な期間である。長期に工場の機械を止められるからだ。点検や工事が目白押しに予定される。だが、9月の生産開始日は絶対である。一切の遅れは許されない。遅れイコール生産高の減少であり、利益損失につながる。

工事の責任者としてやって来た日本人は、プレスのベテランだった。海外に納めた自社プレスの点検や工事などで、世界のあちこちを回っており、外国人との接触にも慣れていた。フランス人から出される工事スケジュールはいつもタイトで、態度は強硬だった。相手は客側であり、日本人はそれに合わせるしかなかった。いつものシナリオである。

この夏は、予定外の問題が起こり、その解決もしなければならなくなった。フランス人チーフもあちこち駆けずり回って、予定外の部品の入手に協力してくれた。その代わり、予定になかったミーティングを毎朝開き、進捗状況、問題点を確認し合うことを主張する。理論好きで、論理上の解決を先んずるフランス人としては当然の要求だろう。しかし、日本人チーフは首を縦に振らなかった。通常は人当たりのいい温和な人である。「とにかく時間がないのです。1時間も無駄にできません。ミーティングをやれば、それだけ時間が取られます。実質上の問題を解決する方が最重要です」静かな口調だったが、彼は強く主張した。フランス側はいかにミーティングが大切か、それによっていかに有効的に仕事は進むか、ありとあらゆる論法で説得しようとした。しかし、日本人チーフは譲らなかった。「わかって下さい。会議で答えられるのは私しかいません。仕事の総監督も私にしかできません。もし会議中、仕事にミスがあったら、どうなりますか。やり直しです。その分時間はかかり、工事は遅れます。今だって、できるかどうかぎりぎりの線です」フランス側がどう恫喝しようと、彼はついに首を縦に振らなかった。根負けしたのはフランス側だった。フランス人チーフは言った。
「わかった。私には賛成できないが、あなたがそこまで言うなら、譲歩しよう。でも、工事が予定通り終了しなかったら、どうなるかわかっているでしょうね」

私は、双方とも長い付合いだったので、日仏のチーフの性格をよく知っていた。双方にとって、これは異例のことであり、異例の決断だった。

工事は期日内にみごとに完了した。テスト結果も良好だった。生産開始には何ら支障がないことが確認された。すがすがしい結末だった。

私には、勇気ある決断、行動、誠実さ、それに勝るものはないことを教えてもらった印象に残るできごとだった。もちろん結果がすべてではあったが、頑として譲らなかった日本人チーフに対して、やはり頑固なフランス人チーフが、どこかで感嘆していたことははっきり感じることができた。(お前、なかなかやるではないか……!)

最後は、双方ともに、がっしりと強く握手して別れたことはいうまでもない。

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