産後四カ月で職場復帰を迫られた友人もいる中、二年も休職を認められ、「待機児童」の問題に悩まされることもなく、自宅近くの保育園へ子どもを預けられる運びとなった義妹は、確かに恵まれている。それでも、朝五時半に起きて家族の身支度を整え、夕方六時に帰宅して早々に夕飯を準備し、テレビすら見ずに寝入る生活は楽とは言えまい。
義妹の会社には毎朝のように、「勉強会」と称した無給の早朝残業がある。仕方がないと苦笑しつつ、苦境を甘んじて受け入れる姿勢に職業婦人としての誇りすら見出しているような彼女に、私は少々苛立った。
「貴方の会社は産休を十分にくれて対外的には女性に優しそうなのに、当然な顔して早朝残業を課すなど矛盾しているね」
義妹は思いもよらぬことでも耳にしたかのように黙り込み、暫くの間、私と目を合わせようともしなかった。
安定雇用に、賞与、慶弔見舞金に、退職金としての勤労報酬の一部積み立て、国民年金に上乗せした厚生年金加入云々、正社員達は入社以来、会社に人生を抱えてもらう形で職務への専念を求められる。過保護に恩義も束縛も感じながら、上司から無体を求められ易々と応じてしまうあたり、どこか日本的な家族風景を彷彿とさせられる。
私自身は学校卒業後、一社に属さず、非正規社員として各社を渡り歩いてきた。早朝残業など、身内に頼る甘さで労使契約違反を冒しているとしか映らない。正社員に過分に支払われる人件費を捻出する為、犠牲にされてきた身の上だ。本来の家族の在り方ならば、身内の弱者を庇い、支え合って全員存立を目指すところ、営利団体が似て非なる存在であることはよく心得ている。彼等は非正規社員の雇用契約を簡単に切れる上、職場イジメやパワーハラスメント等の問題行動もよく冒す。義妹は、短時間のパート勤務へ移るよう勧められることを恐れている。正社員の既得権益に与れなくなるのも惜しいだろうが、これまで慣れた疑似家族から、突如お払い箱にされる恐怖もあるに違いない。
サービス残業時間を合わせて一人あたり10時間の労働を7時間に短縮すれば、1.4倍の労働力を創出できる。又、一人あたりの賃金を1%削減し、就業者数を1%増やせば、個人消費は0.34%増加するという。「ワークシェアリング」導入により仕事と家庭のワークバランスは安定し、正規、非正規の別を失くして格差社会は解消に向かう。こうした話は以前より幾度となく提唱されているにも関わらず、一向に進展の兆しが見られない。
企業社会を「男社会」と言い表すことがあるが、いわば家庭と分断された空間で、手のかかる家事や育児、介護等の責務から免れつつ、仕事さえすれば許されてきた者達の集団である。義妹の職場復帰後、彼女と姪とは二ヵ月に渡り、交互に発熱して寝込んだ。それでもいずれ慣れると義妹は又、苦笑する。疑似家族に守られてきた正社員の女性達は、企業側に家庭が見えていない可能性を疑わず、闇雲に縋り続けようとする。
女性管理職の登用を進める動きが出ているが、家庭−すなわち人間の営みそのものを知る者が立ってこそ、意味を成す。疑似家族達はこれまで小手先の仕事で、家庭に優しい労働体制を作り出せていない。彼等には、幼児も高齢者も、病者もいれば社会進出を望む女性達もいる広範な社会は支えられない。