「ソフト開発部門を無くそうと思ってるんだ」
当時勤めていた会社で、私は上司に、突然そう告げられた。
いわゆる中小企業だったその会社の中でも、ソフト開発部は弱小で、所属社員は先輩と私のふたりだけだった。
そんな状態にも関わらず、唯一のパートナーである先輩が鬱病になり、ここ数か月は実質私ひとりで業務をこなしている状態が続いていた。
もともとその先輩だよりだったソフト開発部。入社してそんなに長くない私ひとりに全てを任せている状態が、会社側としてはとても不安だったらしい。
もともと機械設計がメインの会社で、ソフト開発部門がなくなっても問題はなく、私自身も設計が全く出来ないわけではなかったので、私を設計へ移動させて、ソフト開発部門を無くしてしまうおうという話になったのだ。
当時まだ若かった私は大いに戸惑った。ソフト開発が面白いと思い出していたときだったし、何より、現在進行形の仕事を数件抱えた状態だったからだ。
「今進めている仕事はどうするんですか?」
上司にそう尋ねると、何とも無責任な答えが返ってきた。
「先方には申し訳ないけど、続きはどこか別の誰かに頼んでもらおう」
文言はこのままではないけれど、同じ意味の言葉を言われて愕然とした。
今やっている仕事がちゃんと黒字になっていて、取引先からも不安の声はないことを伝えたが、「お前ひとりじゃ不安だから」の一点張りだった。
先輩が復活するかもわからない中で、取引先に迷惑をかけてはいけないと、休日出勤も厭わず頑張ってきた数か月。その努力も、培ってきた取引先との信用も、すべてが無駄になるのかと、とても悔しく、とても悲しくなった。そして何より、私を信用して仕事を任せてくれていた、取引先の方に申し訳なくて仕方がなかった。
そこで私は行動に出ることにした。
取引先に出向いたときに、私は、担当者の方に直接相談を持ちかけた。
「会社がソフト開発部を無くそうとしています。私も設計に移るように言われました。でも私は今の仕事をやめたくありません。そんな無責任なことはしたくありません。今の仕事を他にお願い出来る人はいますか?いないのであれば、私は、会社を辞めて独立して、この仕事を続けさせてもらいたいと思っています」
私は、会社員としてのモラルより、自分の正義を信じることにした。
需要があって、供給が出来て、WIN-WINが成り立っている関係を、内情を理解していない人間の知識不足による不安によってぶち壊されるのは絶対に間違っていると思ったし、それが成り立つ社会ではいけないと思った。
社会倫理上間違っていると責められもしたし、これで良かったのかと自問自答して胃が痛くなり、数キロ痩せもした。
今思い返せば、若さゆえの勢いだったなぁと思う。だからこそ、今の私は、当時の若かった私に敬意を払いたいと思う。
何故ならそれから七年経った今も、その取引先との仕事は継続しているからだ。
会社を辞めたあと、私は、別のフリーランスの会社に少しだけお世話になったあと、完全に独立をした。
この七年の間に、結婚をし、出産もしたが、取引先との関係が途絶えることはなかった。
今は子育ても少し落ち着き、その取引先から別の会社を紹介して頂いたりなど、仕事も増えている。
どんな仕事を選んでも、そこには必ず人間関係が生まれる。いい仕事をするということは、「いい会社で仕事をする」ことではなく、「いい関係を持った人たちと仕事をする」ことなんだろうと思う。
周りの価値観に惑わされず、自分の正義と、相手の利益を考えて動けば、どんな職場でもきっといい仕事が出来ると思う。
若いころの自分に負けないように、私自身も、帯を締め直さなくては。