【 努力賞 】
【テーマ:非正規雇用者として社会と職場に期待すること】
血の通ったやり取りを
兵庫県 みい 28歳

勤めていた会社をやめることになり、新しい職場が決まるまでの間、単発派遣と呼ばれる短期の仕事をすることになった。私には事務職経験しかなく、製造業など他の職種を経験することで転職の幅を広げたかったからだ。

派遣先に赴く私の胸は、緊張で今にもはちきれそうだった。

派遣社員が全員揃った所で、私達は大きな工場ではなく別棟へ連れて行かれた。

そこで左端から順に番号をふられ、そのまま番号順にベルトコンベアの前に立った。たまたま私が先頭になる。
「まず機械のフタを外して異物確認。何もなければもう一度フタを取り付けて下さい。ところで電気ドライバーの経験は?」

私が不安気に首を振ると、
「まぁ、どうにかなるでしょ」

電気ドライバーを差し出しながら、担当者は鼻で笑う。

作業は思いのほかきつかった。先頭の私は重いダンボール箱をベルトコンベアに載せる所から始めなければならず、たちまち腰が悲鳴をあげる。

そして初めて触る電気ドライバーで怖々作業を進めていると、
「そんなにゆっくりでは、ラインが止まってしまう!派遣先に連絡して別の人に変えてもらおうか?」

担当者の怒声が飛ぶ。

担当者は一日中、私達を素っ気なく番号で呼び続けた。そのたび私は取りかえのきく部品の一つにすぎないのだと言われているようで、胸が軋むように痛んだ。

また冬場の工場は薄暗く寒く、冷え性の私にはかなりこたえた。でも派遣期間は一週間。あと六日もある。

弱音を吐く私を支えてくれたのは妹だった。妹は明るい色合いの真新しい指つき靴下を差し出し、私の背を押してくれた。当時検査の仕事をしていた妹は、工場での寒さ対策を熟知していたのだ。

それから挫けそうになるたび、妹の優しさのこもった指つき靴下が、足元だけでなくポカポカと私の心も温めてくれた。妹のおかげで単発派遣をやり遂げることが出来たのだ。

ほどなく、私は無事正社員の仕事に就くことが出来た。それと時を同じくして、非正規雇用の問題がメディアで頻繁に取り上げられるようになり、私の経験した単発派遣もスキルが身につかず収入が安定しないと言う理由で原則禁止になった。

非正規雇用を経験し、私は自分が今までどれほど守られてきたのかを思い知った。

長時間の残業、上司からの叱責、責任ある仕事を任された時のプレッシャー…。無論正規雇用でも苦しいことは沢山あった。けれど私を注意する上司の言葉の端々には部下の成長を望む熱い心を感じたし、同じ部署の先輩達は私のミスを何度もフォローしてくれた。

そこには血の通った人間関係が確かにあったのだ。

単発派遣の期間中、私達は番号で呼ばれ担当者は気だるげな態度を崩さなかった。派遣社員の中には工場勤務経験のある男性もいたのに、女性の私が重たいダンボール箱の上げ下ろしや電気ドライバーでの作業を担当することに、特別な配慮もなかった。

もしも担当者が私達を一度でも気遣ってくれていたなら、私の作業に対するモチベーションも随分違っていたかもしれない。

私達は取りかえのきく部品ではない。血の通った人間だ。勿論お金をもらう以上、与えられた仕事はきちんとこなす。だからこそ仕事の期間や非正規・正規に関わらず、一人の人間として血の通ったやり取りがしたかった。しっかり私達の目を見て欲しかった。

あれから幾度か転職を繰り返したが、今も私が転職先に求める条件はただ一つ。血の通ったやり取りが出来るか否か、ただそれだけに尽きる。

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