【 努力賞 】
【テーマ:私の仕事・働き方を決めたきっかけ】
自分のために
福岡県 福井弥 27歳

現在27歳の私は、これまでの人生で夢というものを持ったことがありません。
野球のイチロー選手やサッカーの本田選手が、幼い頃からの夢を努力して叶え、活躍している姿は、たくさんの人に感動と希望を与えています。
また、スポーツ界のみならず各分野で活躍されている方々もおられます。
しかし、私自身、スポーツで活躍できるほどの秀でた才能もありません。
何かを成し遂げた訳でもないので、誰かに何かを伝える説得力も影響力も持ち合わせていない。これが現実です。

私が中学1年生の時、我が家は母子家庭となりました。
当時、高校2年生の兄もおり、育ちざかりの息子2人を女手1つで養っていくというのは、大変なエネルギーだったのではないかと思います。
明日が見えない中で、必死で生きてきた母の後ろ姿に、私は育てられました。
パートとしての時給で生計を立てていたので、生活レベルは低かったとは思いますが、決して自分が貧乏だと思ったことはありませんでした。そう思わせないように母が努力をしていたということが、社会に出た今分かります。 毎日朝から働いて、体も疲れているのに、ご飯と弁当は必ず作ってくれました。
家族のため、子供のために、自分のことはいつも後回し。
でも、文句もグチも言わずに、一生懸命育ててくれました。
そんな母の生き方・生き様は、僕にとって大きな価値のあるものです。

価値観が多様化している現代で、何を基準に職業を選択するかというのは、人それぞれで違うと思います。
しかし、他者が欲する"価値"を提供して、その対価として"お金"をもらうという部分では、どれも同じような気がします。
それでは、私が母から教わった人生の価値は、どうなのか?
もちろん、お金には替えることは出来ません。それは、数値的に計れるものでは無く、コストや利益というモノサシではないからです。
だとすれば、働く(=価値を提供する)ということが、必ずしも賃金を稼ぐためだけということではない気がしています。
"働く"という概念は、人生そのものではないでしょうか。
「利益があってもなくても、誰かのために何かをする」

子育ても、ご飯作りも、送り迎えも、掃除も、全て立派な価値ある行為です。
一番深い根の部分には「誰かを喜ばせてあげたい」とか「大切な人のためになることは何か」という想いがあるような気がします。

高校卒業後、会社員として働き出した私は10年目の中堅社員となりました。昨年には結婚し、今年の12月には第1子も生まれる予定です。
歳を重ねるごとに新しい出会いがあり、様々な物事を経験するうちに、考え方の幅も広がってきました。姿形に大きな変化はなくても、10年前とは別の価値観で成り立っています。そして、これから10年後もまた違う自分になっていることでしょう。
予測不能な社会で、流動的な考え方・価値観と向き合いながら、自分の人生を選択していく。
イチロー選手や本田選手のような大勢の人を勇気づけられる影響力はなくとも、
大切な人たちに精一杯成せるべきことをしたいと思います。
母が人生を持って教えてくれた「生き方」を、次の世代にも伝えていくために。
その人生には、きっと価値があると思うから。

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