今年大学4年に進級し、人生の1つの分岐点ともいえる就職活動を経験した。その際、自分自身今後どのように働いていきたいのか、この21年間は自分にとってどんなものだったのかを、自分なりにじっくり見つめ直してみた。まさにこの就職活動は、仕事とは何なのか、働くことは何なのかと考えるよいきっかけとなった。
約半年間を振り返ると、大学の講義を受けつつ、就職活動を通して社会勉強をする毎日であった。昨年12月から企業へのエントリーが始まり、今年1月には大学のテスト勉強と並行しつつ、面接や企業へのエントリーシートの提出に日々追われ、毎日が怒涛の日々であった。
就職活動中、希望していた企業からの不合格通知で凹むことも多々あった。寧ろその方が多かったと思われる。第一希望に考えていた企業からは、面接以前に書類選考で落とされてしまい、とても悔しい思いをした。その時は流石に「このまま就職できるのだろうか」、「何がいけなかったのか」と自分自身に問いかけるなど、かなり凹んでいたのは事実である。
しかし、その時ふと思ったことがあった。「自分があの時こうしていればよかったのか」などと過去のことを考え、その場に留まっていても、時代の流れはいつも同じように流れ、何も変わらない、ということを。勿論、一時凹んだりしてもいいと思うが、そこから抜け出せなくなると、どんどんネガティブにしか考えられなくなってしまう。人は何事も結果ばかりで判断したりするけれど、私はそれまでのプロセスの方も同じくらい大事だと思うようになった。結果がうまくいかず、今までのことがすべて無駄のように思えるが、そのプロセスを経験したことが後に自分の自信となるのではないか、と実際経験して思えるようになった。確かに、まだ社会に出たことがなく、そのような考えはまだ甘い考えかもしれないが、その場でどう動くか、どう変えていくかは、自分自身の行動一つひとつの積み重ねではないか、と思う。「それは意識の問題だ」と気づいて以来、今自分自身が出来る最大限のことを、そしてその一瞬を、惜しみなく精一杯やっていこう、と気持ちを入れ替えた。
自分がここまで気持ちの切り替えが出来たのは、就職活動中に支えてくれた家族と大学の友達、2年時から所属しているゼミで「これまで頑張ってきた」と胸を張れる達成感と自信、そして同級生や後輩の支えだと考える。まだ21年しか生きていないけれど、今まで一人でここまで成長してきたわけではない。周りに支えられていた、ということを大いに実感することができた。
自分の人生をどのように描くは人それぞれであり、その選択の分岐点に行き着いたときにどう動くかは自分次第だと思う。自分の人生は自分が主人公であり、奇跡を起こすことができる可能性を一人ひとりがもっている。それをどのように生かすのかは人によって差があるけれど、自分は自分なのだ。そして、自分が辛い時に支え、関わっていただいたすべての人に対して、今度は私が社会の一員として役に立ちたいと考えている。
今後どのようなことが起こるのか、誰にも分からない。寧ろ分かっていたら、何も面白くなく、白と黒だけの世界になってしまうとさえ思えてくる。だが、はっきりとこれだけは言える。どんな人生を歩むのかはその人それぞれであり、またその人それぞれの生き方であると。どんなことでも自分が悩み、時には周りの協力・支えを受けながら、進んでいくのだということを。どんなことにも全力で、悔いのない人生を歩み、将来今よりも多くの経験をした頃に、今の自分のことを思い返したとき、「あの時、精一杯悩み、精一杯努力してきて良かった」と思えるような働き方をしたいと考えている。それは、今回の半年に及ぶ就職活動をして、自分の中で見つけることが出来た自分自身の揺るぎの無い働き方であり、軸になると考える。