【 佳 作 】

【テーマ:私の仕事・働き方を決めたきっかけ】
ある介護退学者の一例
山梨県 John・doe 29歳

近年、家族の介護のために仕事を辞める介護離職が問題となっている。この問題は、働き盛りの40〜50代の人の離職が主な論点である。しかし、晩婚化や初産年齢の高齢化が進む現在、大学生や大学院生が介護のために退学する、介護退学という事態が顕在化してくるのはそう遠い未来の話ではないはずである。現に私自身がそれを経験し、今年の1月に母の最期を看取った。いずれ誰かに訪れるかもしれない「その時」のために、介護退学者の働き方と課題について、ここに一つの事例を示したい。

私の母は、3年前に大病を患った結果、肺と心臓が弱り、体力が大きく減退した。このことをきっかけに、父の依頼もあって、私は大学院を中途退学し、両親の暮らす実家に戻ることになった。戻った時点での母の状態は、とりあえず日常生活を送ることは可能であるものの、いつどこで再び倒れるかわからないというもので、つまりは一時も目が離せない状態であった。しかしながら、行動の補助が常に必要であるわけではなかったので、何事もなければ敢えてやるべきことはほとんどなかった。いざ事が起きた時に即応できることが重要だったので、日中は父が仕事に出ていることもあり、大学院在学中からやっていた模試の採点を中心に、在宅の仕事を拡充することで私は対応しようと決めた。

在学中は塾講師のアルバイトもやって、生活費や学費の一部を自弁していたので、その頃と比べれば収入は大幅に減ることになった。母の医療費の増大で家計に火が付き始めていこともあり、父としてはいくらか不満があったようだが、結果的にはこの決断は成功だったと言える。母の病状が緩やかながらも確実に進行し、やがて日常生活を送ることにも困難が生じるようになったからだ。日々を共に過ごすことで小さな異変に気付くことができ、また自分の体調のことなど、母の様々な愚痴を毎日聞くことも私の役割だった。今にして思えば、私にとっても、おそらくは母にとっても大切な時間だったのではないかと思っている。そして、最後を静かに迎えることができた。

介護を生活の中心に据える、あるいは据えざるをえなくなってしまうのは、介護対象者を一人にしておくことができないという場合が大半だろう。その場合、在宅で仕事をすることは、精神的にも経済的にも有効な手立てである。私の場合には、幸運にも以前から模試の採点という在宅の仕事をしていたので、それを軸とすることができた。ただ、在宅の仕事は量、時間とも安定性を欠く。仕事をしたくても仕事の依頼が全くないということもよくある。また、それなりに実入りの良い仕事となると専門性が要求されることが多いため、ややハードルが高い点も難点といえるだろうか。それでも介護という状況を前提とすれば、最適の就業形態であると、私は思う。

最後に、介護退学の課題について述べたい。まず、介護退学者の就業は、基本的には困難が多く、アルバイトを始め非正規雇用とならざるを得ないという点である。大学中退の場合には、そもそも大卒資格を持たないことになるので、正規雇用の道は相当に狭くなる。大学院中退の場合には、年齢が問題となる。特にこの点は、介護が終わった後に問題となってくるだろう。また、心理面でも対策を講じるべき部分がある。介護退学者は、自分の将来を閉ざされた、夢を捨てなくてはならなくなったという思いをどうしても抱えてしまうということである。私自身、すべてを納得して実家に戻ったつもりでいたが、折に触れてこうした割り切れない思いが噴き出して、苛立つことがあった。これらは個人の力量だけでどうにかできる問題ではないので、介護退学者の実態調査とその対応策の検討、実施はぜひともお願いしたいところである。

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