【 佳 作 】

【テーマ:仕事・職場から学んだこと】
心のことばを伝えたい
北海道 大西里依 28歳

それは、ある日突然咲くのだと思う。
ことばのない子の初めてのことばに出会う時、ことばは花の様なものだと思う。
喜びに満ち溢れている。
種を撒き、芽や葉を愛でられ、やがて咲く花を私達は美しいと思う。

夢が叶い、子どもの聞こえと言語発達を支援する仕事についたばかりの頃。私は、ことばを失った。自分の思いを上手く表現できなくなったのだ。

初めての就職はある乳幼児の通う、施設だった。地元の北海道から本州へ。少し華やかな街から星のきれいな土地へ、導かれる様な縁だった。自分なりに努力した学生時代。「こんなはずじゃない」と心配して電話をくれた友人にも仕事内容は言えなかった。

使い込まれた雑巾は乾くことなく、歴史ある施設の床やトイレ掃除に使われた。

障害によりパニックで泣く子を抱き、食事や排泄の介助をし、凍える手をひき道なき冬山を歩くことも仕事。私の胸には家族の苦労や不安のことばが刻まれた。でも本当は自分も不安で苦しくて一緒に泣いた。そのうち、同級生の活躍の声が聞こえ、勉強会、学会発表、専門職とよばれる仕事を謳歌し、知識を身につけている様でかっこよく思えた。

いくつも専門書を買っては読んだ。けれど生後3ヶ月で言語の訓練に来る親子を前に高価な本を自宅の棚に重ねるよりも、100円のシャボン玉を吹いた方が子どもは喜ぶことを知った。リアルなコピーも、絵心のないアンパンマンに勝てないこと。下手な歌に喜んで声をあげる子。どの子も目を輝かせて喜んでいる時、ことばが生まれた。

「心を変えること」それは自然と生活の中で教わった。

ただ、暖かい日、小さな蕾が開く様に両手で初めて「花」と手話でお話しする子。

ある冬、「はっぱ」の初語に、連れて来られた、祖母と顔を合わせて喜んだ。気づけば部屋の片隅に植木があって、それから、その葉を一緒に愛でた。小さな心の震えが本当の喜びだ。拾ったどんぐりや、覚えたての文字で「ありがとう」の手紙を忘れない子。笑顔も涙も増え、私の生活に小さな変化が重なり、私は成長ということばを自分にも与えるようになった。

自信を失い自分の価値を否定するのはおしまい。人生の目覚め。壊れかけていた心の鏡にお子さんが映り、目の前の人を幸せにする喜びを感じた。出来る限り早く出勤し、床磨きを「楽しもう」それは小さなプライドや様々なものを手放していく作業だった。でも同時に多くの価値を手にし、心を開く自由を知った。心のないことばは寂しいから、目の前の瞳の輝きを大切に、そして自分を大切に出来る子を育てたいと思っていた。

ある日、優しくて悲しい瞳に出会った。「いたいたいのとんでいけ」と言うように私の手を撫でる小さな手。
「ああ…」自分の事は忘れていた。確かに。荒れ果てた右手。かさぶたが腫れて痛そうだった。

いつも気づきをくれる子ども達に感謝し、地元に戻った今も病院で言語聴覚士として働けている。思いを伝える事を徹底し就職先を見つけた。自分を大切に、願いを口にできる様になったのだ。心のままを伝えよう。かっこなんてつけなくていいや。
そう思えるまで時間はかかったけれど。それも感謝の日々と思える。

7月7日。短冊に「先生の願いも書いてあげる」と一生懸命私の願いと向き合っている小さな姿。ありがとう。
「みんなが幸せでありますように」心から願っているよ。
それから…「絵本がかけますように」

心あることばで絵本を創り、親子の心の対話やことばの発達に貢献したい。

多くの子が言語や発達支援を受けられる体制になるように自分の仕事や思いを伝えよう。

最近、夢や志のある仲間に出会えた。若手が集まる異業種の交流会で互いを認め高め合い、表現、対話し合う活動に参加している。出会いを喜び互いの心を震わせる事。人には人の心を変えられる力がある。表現はまだ未熟。でも私は大丈夫。幼い子ども達から教えてもらったから。未来に向け「心を開こう」とわくわくしている。

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