公益財団法人 勤労青少年躍進会 理事長賞

【テーマ:私の仕事・働き方を決めたきっかけ】
何より重い、母からの一万円
東京都 青山紗惠 29歳

私が大学二年生の時、父が病気を患い、会社勤めを続けることができなくなってしまった。それまで家のお金については母が管理をしていて、何か心配したことはなかった。しかし、そんな母が父の退職、そして入院を機に頻繁にため息をもらすように。親戚らとこれからのことについて話し合った時、初めて見せた大粒の涙。父の状態の厳しさとともに、本当に家計が危ないと実感した。

私はこのまま大学に通い続けていていいのか、一刻も早く働いた方がいいのではないか。そう心配する私に、「心配しなくて大丈夫だから」と気丈に微笑む母。私が勉強に専念できるよう母は仕事をフルタイムでこなし、家計を支えてくれた。加えて家事をしながら父の看病もし、精神的にも肉体的にも母自身が倒れる寸前だったと思う。そんな母のおかげで私は勉強を続けることができ、無事大学を卒業。

私が就職してからは、母と二人で支え合いながら父の入院費を捻出し、細々と生活をしていた。私は友人と自分の環境を無意識のうちに比べてしまうことも多く、いつしか父と家の存在が重荷に感じるようになっていた。

そんなとき、私の25歳の誕生日がやってきた。「いつも何もしてあげられなくてごめんね」と言いながら、母が握らせてくれたポチ袋。そこにはなけなしの一万円が入っていた。母にとっては食費になり生活費の足しになる生きるための大切なお金。自分の衣服代や美容代に一切お金をかけることなく節約していた母からの精いっぱいのプレゼントだった。その一万円は、そのときの私にとってどれほど重みがあったことか。

後から母がフルタイムの仕事のほかに、内職もしていたと聞いて驚いた。小さな体のどこにそれだけ頑張れる力があるのだろうと。その頃の私は、現実から目をそむけ、好きなことを優先し、自分のことしか考えていなかったように思う。母はそんな私を見守って、自由にさせてくれていた。しかし母から一万円をもらってはっとしたのだ。私をこれだけ思ってくれている母、そして病気の父のために、私が働くんだ、生活するためのお金を私が稼ぐんだ、と。

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