若者の夢の実現をお手伝いする予備校講師の日常とはどのようなものか。
年によって生徒数に大きな変動があり、短時間で結果が出るものなので、原則として講師は単年契約のアルバイト待遇である。社会保険や失業保険には未加入で、賞与と退職金もない。こうしてみていくと、知的フリーターではないか。
予備校講師の一年は、4月上旬の予備校から時間割の通達で始まる、受持コマ数が生活してゆけるだけのものならいいが、足りなければ、他にアルバイトを捜さなくてはならなくなる。しかも、授業の予習の時間を大幅に削られないものを、慎重に選ばなくてはならない。
4月中旬に一学期が開講となる。学校のように職員会議があるわけでもないし、科目ごとの委員会があるわけでもない。一人一人がいかに自分の持ち味を、生徒にアピールして人気を得るか。同じ科目の講師はライバルとなる。講師室でも講師同志はあまり話さない。
六月下旬には、一回目の授業アンケートが行なわれる。これはテキストやテスト問題や授業についてのいくつかの問いに五段階で答えるものと、感じたことを自由に書けるものとがある。お客さんである生徒の要望をきちんとつかんで、改善すべきところを改善することはとても大切なことである。
しかし、アンケートによって講師の給与と雇用を決めるのは果たしていいのであろうか。アラ捜ししてやろうと思えば、生徒は講師を信用しなくなる恐れがある。また、指導技術に自信のない講師ほど、自己保身に走る。すなわち、物わかりのいいお兄さんやお姉さんを演じて、生徒に食事をおごったり、ドライブに連れて行ったりする。また、講師によってはライバルの足を引っ張るのに、うまく生徒を利用する者もいる。 わざと悪評を流すとか。
7月上旬に講師によっては夏期講習のテキストを作成する。自分から予備校にこういうことをやれますと積極的に働きかけなくてはならない。
7月下旬から八月いっぱいの夏期講習は浪人生にとって基礎力完成という大切な時期だ。高校生や他校生には、この予備校にはこのような良さがあると宣伝する機会でもある。夏期講習の内容が良かったから、二学期からも受講するとなると、それは、講師が良かったからということになる。
9月からの二学期はあえて本番よりテキストをむずかしくしてあるためと、浪人生が志望校の過去問研究や苦手科目の底上げに要する時間が必要で、授業への出席率が低下してくる。生徒が授業に来なくならないためには、一学期に納得いく授業を展開するべきだ。講師は出席率が65パーセントを下回らないかどうかいつもヒヤヒヤしている。
冬期、直前講習を経て、講師は1月下旬から4月中旬まで長い休みに入る。その間はもちろん無収入である。
人が人を評価するのに絶対ということはあり得ない。ある人はこの講師のファンだが、別のある人は大嫌いかもしれない。
自分は人に教えることが好きで、いろいろ調べものをして、全力で仕事に打ち込んでいるのに、いつ、クビにされるかわからないというのは不安だ。また、急にクビになって、すべてを失ってしまって、どんなにみじめな思いをするかを学校側はちゃんと知っているのか。