【 努力賞 】
【テーマ:仕事・職場から学んだこと】
清々しさ
宮城県 渋谷史恵 47歳

高校卒業後、私は銀行に就職しました。後方事務の担当で、振込伝票を機械で打電したり、ATMのエラーに対処したり、お客様から預かった手形やフロッピーをセンターへ発送する、といった仕事をしていました。

ある日、手形センターからピンク色の用紙が袋に入って送られて来ました。それを見た途端、サッと血の気が引きました。いつもは空の袋が返送されてくるところ、そこに紙が入っているというのは、こちらから発送した手形に不備があったことであり、その紙は不備通知なのです。さらに不備にも軽微なものと重大不備とがあり、軽微なものは通常の白い紙、重大不備はピンク。つまり、私は手形に重大な不備があることに気付かず発送してしまったということになるのです。

幸い、センターが代わってミスに対処してくれたので事無きを得たのですが、問題はその用紙の色でした。 このピンクの紙が来たからには、ミスをした原因や今後の対策を記入し、副長の印をもらい、コピーを返送しなくてはならないのです。

当時の副長は、ミスには殊の外厳しい人でした。ミスを報告しに行くや否や、頭を抱えたり天を仰いだり、大きなため息をついたり。そんなことが数秒続いたのち、小言が始まるのです。その長いこと。彼の席の前にうなだれて立っていれば、ミスをして叱責を受けているのは一目瞭然。しかも店は営業課・融資課・取引課がすべてワンフロアにあるため、ミスをしたことは全員に知れ渡ってしまうわけです。小さくなって立っている背中に、お客様も恐らく、あの人怒られてるのね、とわかってしまったことと思います。

そんなことを考えると、この紙を副長に見せる勇気などとても出ず、その日はそっと机の下に仕舞い込みました。

翌日になっても、その翌日になっても、決心がつきませんでした。ぐずぐずしていると、センターから不備通知はどうなっているのか、と電話が来てしまう。そう思いながらも、どうしても勇気が出ないのです。

翌日。もうこれ以上延ばすことは出来ない。私は決死の覚悟で副長の前に立ちました。彼はしばらく不備通知を眺めていましたが、ぽんと印鑑を押すと、顔を上げ、こう言いました。意外なことに笑顔を浮かべて。
「嫌だなあと思うことほど、先に片付けてしまった方が楽でしょう?」

てっきり怒られるとばかり思っていた私。席に戻ってしばらくぼんやりしていましたが、その言葉はじんわりと私の胸に響いてきました。それはこれまでの私をも見透かすような言葉でした。今回のことに限らず、嫌なこと、面倒な仕事は後回しにし、楽なことからやりたがる傾向が私にはありました。人から頼まれた仕事が面倒そうだとつい後回しにしたり、ミスをしてもすぐに報告せず、何とか自分で対処して隠そうとじたばたしてみたり。

けれど、今、覚悟を決めてミスを報告し、副長が何も言わずに印鑑を押してくれた。このことで、私の中の何かが変わりました。嫌だと思うことほど、自分から飛び込めばいいのだ。嫌だと思うことから逃げない。 むしろ自分からぶつかっていけばいい。逃げるよりも、どんなに清々しいことだろう……!

それからの私は、時間のかかりそうな仕事から取り組むようになりました。すると、自分が思っていたよりずっと短時間で処理ができ、思いがけず時間が浮いたり、ミスに気付いた時にはすぐさま報告するという、当たり前のことが出来るようになりました。更に一歩進んで、嫌な仕事、逃げ出したい場面に直面した時、(嫌だ)の(い)と思う前に行動することを心がけるようになり、性格や、行動までも変わったと思います。

嫌なことから逃げない。むしろ進んでぶつかってゆく。あの日学んだ清々しさは、清々しい生き方として、今も私の毎日に生きています。

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