【 努力賞 】
【テーマ:仕事・職場から学んだこと】
トイレ磨きから学んだ原点
徳島県 稲井誠二 39歳

今から10年前、私はとある清掃会社に勤務していた。清掃とは言っても、官公庁やオフィスに依頼されて床や窓を綺麗にする仕事ではなく、バキュームカーの運転や仮設トイレの運搬・設置をする仕事だった。

この仕事、世間的なイメージは決して良いとは言えない職務内容だ。『キツイ』『汚い』『危険』の3Kを避けて通ることは出来ないし、実際私もそんな経験を幾度となく味わってもいる。

個人宅から依頼を受け庭先で機械を操作していると、自転車に乗った婦人が「臭い」と捨て台詞を吐いて通り過ぎたことがあったし、小学校などに出向くと子どもが鼻を摘まみ嫌な顔をするシーンに何度も遭遇した。また、当時の同僚の中には「汚い、あっち行け!」と、石を投げられた悲しい経験がある者もいた。

私は仮説トイレの運搬もやっていたのだが、その仕事も大変なことが多かった。それはトイレの洗浄だった。イベント開催や工事現場から撤収してきたトイレを洗うのだが、汚れた床や便器にこびり付いた黄ばみは簡単には落ちない。棒たわしや強力洗剤でゴシゴシと擦るのだが、汚れはなかなか取れない。加えて、夏場ともなれば多量の蛆虫が湧き銀バエも飛び回る中での作業なのだ。

その日も汗だくで作業をやっていると、隣で同じ作業をしていた社長から心に残る一言が発せられた。「どうや、しんどいだろう?でもトイレを綺麗に磨いたら、自分の内面まで磨かれるんや。トイレは自分の心を如実に映す鏡みたいなものだ。みんなが嫌がることを率先してやったら、少しだけど成長できた気がせんか?」と笑った。

思わずドキリとさせられた。確かにその通りで、心の中を覗かれた思いがした。どんなに苦しくて嫌な作業も、それは気持ちの持ち方一つで苦しいと思えば苦しいし汚いと思えば汚い。仕事をする私たちがそんな心構えなら、使用する人達は気持ち良くトイレを使うことが出来ないだろう。

その日以来、仕事に向き合う姿勢が変わった。具体的に想像力を働かせるようになったのだ。自分たちが丁寧に磨いたトイレを、笑顔で使う人たちを思い浮かべながら仕事をした。意識を変えれば、自ずと見える景色が変わる。これはどんな仕事であれ同じだと思う。消費者やお客さんが喜ぶ姿を想像することで、見えない壁は取り払われ、明るい光が射すのだと思えるようになった。

私は現在、徳島で飲食店を営んでいるが、仕事の中で最も気を配っているのがトイレの清掃だ。朝11時に店を開けるのだが、それまでに1時間みっちりと磨き上げる。従業員に任せることをせずに、自らの手でしっかりと心を込める。"トイレは自分の心を映す鏡"あの日以来忘れたことのない言葉だ。

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