【 佳 作 】
30数年前の30歳の時、世間知らずの主婦だった私は生命保険会社に営業職として就職することになりました。
採用通知が届き、「バンザイ」と喜ぶ私に、夫は不服そうな顔で「保険屋さんかいな、できひんと思うで。もっと違う仕事さがしたらどうや。扶養家族から外れたり、戻ったりせんといてや」と、言いました。「(失礼な人やな)そんな簡単に辞めへんわ……」。
私の入った女性営業部は新設二年目の組織で、その頃は未だ聞き慣れない「ライフプランナー」なる仕事でした。会社が指定した企業や官公庁を担当し、訪問して保険商品を販売します。
同期生百名は私同様、社会経験の乏しい39歳までの主婦か、短卒か大卒の新卒女子。「会社も社会も注目する新進の「営業ウーマン」と誉めそやされ、本社で2カ月間、厳しいながらも華々しい新人研修を受けました。そこで「素直であること、努力すること、向上心を持つこと、笑顔を絶やさないこと、そして、我慢すること」の5つを徹底することが"成功の秘訣"だと教わり、終了式では幹部から直々に認定証を渡されました。「さあ皆さんは今日から立派なライフプランナーです」との祝辞に「私にもできる!」と意気込み、勇んで訪問活動を始めたのです。
しかし、毎日毎日、「お断り」の連続。名刺を渡すだけで、「保険は嫌い」「貯金と違って保険は損する」「入るなら知人に頼む」、官公庁のある部署では「ここへは何度来ても時間の無駄だよ」とまで言われる始末。落ち込みます。それでもあきらめずに継続して訪問していると、「保険には入らないけど、アンケートぐらいなら協力してあげる」と言ってくれる顔馴染みができてきました。でも、契約どころか、それに繋がるプランニングさえさせてもらえません。
二カ月もすると保険契約の成果を出してくる同期生が現れました。私は焦る気持ちを抑え、5つの秘訣を呪文のように言い聞かせて業務に励みました。でも、そう簡単にはいきません。落ち込んでは切り替え、這い上がっては、また、落ち込む。繰り返しが続きます。
入社して10カ月経ちました。毎晩、涙ながらに愚痴る私に夫は言いました。「結構な仕事さしてもろてるなあ。お給料もろて社会勉強さしてもろて。ありがたいことや。クビになるまで働かしてもらいなぁ」「……」。
でも、もう限界です。一件の契約も取れない私は、ついに退職願いを上司に渡しました。
「区切りは一年です、まだ、2カ月あります。一緒に頑張りましょう。一年経ってもダメなら、それからもう一度考えましょう」
上司の励ましを頼りに「あと2カ月、悔いのないように頑張ろう!」と呪文を六つにし、カレンダーに一日一日印しを付けて、毎日、無我夢中で活動しました。お客様の話しに耳を傾け、ニーズを引き出し、生活設計にあったプランニングを何度も重ね、丁寧に説明しました。そして決して押しつけないよう心がけました。
家に帰ればクタクタです。それまで家事に非協力的だった夫が進んで家事を手伝ってくれました。憔悴しきっている私の肩を揉みながら「明日も頑張りや。その姿を見てくれている人が必ずいるんやで」と励ましてくれました。
念ずれば通ず。初の成果です!続いてもう一件、更にもう一件。一年の期限直前でやっと目標としていた契約数を達成することができました。
"他人と同じスピードで成長はできない。自分の個性を生かし、自分に負けないことしか成功の秘訣はないのだ"
人生の中で一番苦しみ、頑張り、そして本当の秘訣を学んだ一年間でした。この貴重な一年があったからこそ、今日の私が存在しているのです。
そして夫のあの時のアドバイスと協力を思い出すと、何年経っても、心が温かくなってきます。