【 努 力 賞 】

【テーマ:仕事から学んだこと】
誤算が生む思わぬラッキー
東京都 伊藤 竜史 31歳

雑誌編集の仕事を経て、コピーライターをしています。
毎日お客さんと名刺交換を交わすので、一度に200枚単位で発注する名刺の束もほんの1か月ほどで切れてしまいます。

編集者時代に「いやぁ、実はボク、昔は人と会うのが苦手で、それでこの仕事に就いたんです」と飲みの席でお客さんに語って、ひどくびっくりされたことがありました。そう、学生時代の私は人見知りで、初対面の人と会うのは大の苦手だったのです。だから営業マンや接客の仕事なんて「絶対にムリ」と、そう決めつけていました。そこへいくと編集者なら、机に向かって独りでシコシコと物を書く地味な作業を続ける仕事だから、自分にぴったりではないか……。そういうわけで、とある出版社の編集部で働くことになったのです。

しかし予想に反してこの仕事、とにかく人と会うこと会うこと……。それもそのはず、雑誌というのは誰かに取材をしなくては何も書けないわけで。さらにどんな誌面のイメージにするか? をカメラマンやデザイナーと一緒に考えてゆかないと成立しません。とにかく“人と話すこと”を第一に求められます。ちょっと考えればわかることですが、学生時代の私はそこまで頭がまわらなくて、なんとも大誤算でした。

ひたすら毎日、電話で取材のアポをとって、取材時には目を見て挨拶をして、あれやこれやと面白い(記事になる)話を引き出さなくてはなりません。取材する相手は企画に合わせてその都度、老若男女に職業も幅広く、一筋縄ではいかない人も少なからずいます。シドロモドロな若造編集者にいじわるな受け答えをする人もいましたっけ……。とまぁ、慣れないことばかりで「こんなはずじゃなかったのに」と、相当にストレスに感じていました。

けれども人間というのは順応する能力が備わっているもので、次第とコミュニケーションするチカラがついてくるもの。「ああ、このお医者さんのオジサマはプライドが高いんだな、だったら相槌でヨイショ大作戦だ!」とか「こちらの弁護士のキャリアウーマンさんはお堅そうだけれど、年齢の割にお綺麗だから、それを伝えるときっと喜んで場が和やかになるぞ」とか、そういった相手に応じたテクニックをごく自然に使えるようになってきたのです。例えるなら、その状況に応じて変身をとげるカメレオン。悪く言えば「出まかせ」とか「日和見」になるのでしょうが、これで円滑なコミュニケーションができるのだから、特に悪いことだとは思いません。やっている当人も、新しい自分を発見できて、けっこう楽しんでいるくらいです。

ともあれ、学生時代には考えられないことでした。あんなに人見知りだった自分が、仕事を通じて大の人好きになっていたのですから。どうしても苦手な仕事は回避してしまいがちですが、案外、そこには苦手を克服できるチャンスがあったりするものです。私の場合は学生時代の“誤算”によってこの世界に飛び込んだことで、新しい自分の発見という思わぬラッキーにつながったようです。ちょっと、浅はかだった昔の自分も褒めてあげたいですね。

いまは編集者からコピーライターに転職しましたが、クライアントからの無理難題に四苦八苦するのは相変わらず。まだまだこの先も、仕事を通して自分を磨いてゆくことになりそうです。

戻る