【 佳 作 】

【テーマ:私の背中を押してくれたあの一言】
恩師のあの言葉
大阪府 となりの坊主 32歳

「あほっ」と怒鳴られた回数、一千回。

「やり直し」と突き返された回数、一千回。

「よかったぞ」と褒められた回数、たった一回。

筋金入りの鬼軍曹−。誰もが、あなたのことをそう呼んでいた。でも、なぜだろう。そんな、あなたの言葉が今でも私の心にはしっかりと刻まれています。

前職のスポーツ新聞記者だった頃の話。まだまだ若造だった2年目の私は野球からゴルフ担当への異動が命じられた。その時の上司があなただった。ゴルフ特別編集員として、活躍するあなたは周りから恐れられる存在。見た目も顔黒強面のゴリマッチョ。実年齢の63歳とは到底思えない肉体がより一層、鬼軍曹感≠醸し出していた。そんな上司との仕事は正直、辛い以外の何者でもなかった。

何をするにも「お前はお前は」と罵られ、原稿チェックも「臨場感が伝わらん」「おもろない」と締切時間が迫ろうとも、何度も突き返された。いつもみんなの前で怒鳴られた。それが嫌で悔しくて何度もこんな仕事、辞めてやると思った。でも、その度にあなたは私に向かって言うのだ。

「悔しいと思うなら、逃げるな、負けるな」って……。

最初はこの言葉に何も感じなかった。むしろ何度も言われる度に「またかよ」って嫌気がさしていたくらいだ。それが、今では私を支えるモットーにもなっている。徐々に効いてくるボディーブローのように、私の背中を知らず知らずのうちに押してくれていたなんて、この時は知る由もなかった。

「悔しいと思うなら、逃げるな、負けるな」そんな言葉を投げかけられるようになって、半年が経った頃、自分の中ではそれなりの原稿が書けるようになったと思っていたが、未だ上司には褒められたことは一度もなかった。そんな矢先、自分が自ら企画して書くゴルフの特集原稿を任されたことがあった。新聞の1頁をフルに使う、記者にとっては腕が鳴る特集モノ、自然と気合が入った。そして、今度こそ、あの鬼軍曹を黙らせてやると、いつも以上に資料を調べ、時間をかけ、何度も見直して、特集原稿にとりかかった。

そして、運命の提出の日。私は期待より不安で仕方がなかった。いつも以上に頑張ったとはいえ、相手は血も涙もない鬼軍曹。そのうち、また怒られタイムに突入するだろうと思っていた。それなのに鬼軍曹が放った言葉は意外なものだった。

「おもろいやないか」

上司から聞いた初めての褒め言葉。思わず目を見開いてしまったのを今でも覚えている。そして続けて言うのだ。

「ようやく、悔しさをバネにしてきたようやな。お前もやればできるやないか。わかるか、失敗を生かすも殺すも自分次第なんや。悔しいと思ったときに、どこまで頑張れるかで、次が変わってくるんや」と……。

いつもの図太い声がこの日はスゥーと耳に入ってきた。そして、耳にタコができるくらい聞かされたあの言葉の本当の意味がこの時、やっとわかった気がした。

何かに取り組んだ結果、悔しさが残るということは、それはまだ自分の力が出しきれていないと思っている証拠。悔しいと思うということは、まだ自分には伸びしろがあるということ。そこで逃げなければ、成長できる。失敗しても、それを無駄にしなければ、失敗は成功のカギにもなるということを……。

「悔しいと思うなら、逃げるな、負けるな」−。この言葉の魔法に私はいつの間にか、かかってしまっていたようだ。無論、この言葉にそんな意味が含まれていたかどうかは定かではない。確認したくても、もうあなたはこの世にはいない。でも、私は何かにくじけそうになったとき、この言葉を心の中で口ずさむようにしている。それは、お坊さんになった今でも変わらない。法事の席で話がうまくいかなかったとき、お寺のイベントで事がうまく進まなかったとき、その失敗を無駄にしないためにも、私はまた、口ずさむのだ。

「悔しいと思うなら、逃げるな、負けるな」って……。

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