【 佳 作 】

【テーマ:私の背中を押してくれたあの一言】
自分を信じて
沖縄県 るる 25歳

25歳。私には大きな夢がある。自分の稼いだお金で親を幸せにすること。現在、私はデザイナーという仕事をしている。自分の可能性をかけた仕事。成功するかなんて誰もわからない。地道な下積み生活。最低賃金の長時間労働。休みの日も仕事の事が頭から離れない。自分の作品がどう評価されるのか。提出するたびに不安な思いをかかえている。正直自信を失う日だってある。でも私は働き続ける。夢があるから。叶えなければいけない夢があるから。どんなに辛くても、どんなに周りから仕事を否定されても。これがいつか大きな花が咲くと信じて。一生に一度の自分の人生。最大限に自分を信じようと誓ったあの日。自分が決めた道は絶対後悔しないように生きようと決めた。周りが大変そうだよねといっても私にはそんな自覚はなかった。最低賃金の給料が高いと感じる事もあったくらいだ。しかしそんなある日。電話が鳴った。昔の友人からだった。マンションに引っ越したから遊びにおいで。高層ビルの最上階に住んでいるのと。お金も時間もある彼女は自由だと語った。そしてホステスになった彼女は私の努力を可哀想な人生だといった。「可哀想」それは頭を大きなハンマーで殴られたような一言だった。彼女は同じ年にして、私の目標とするお金と生活を手に入れた。なのに、私はいつ手に出来るかわからない未知の世界を必死にもがいている。季節だけが過ぎていく。年をとっていく親を見るたびに辛くなる。がむしゃらに過ごしてきたこの時間。これからも音もなく静かに過ぎていくのだろうか。手に入れたいのは同じお金。しかし手段が違うだけ。そう考えると私の選んだ道は馬鹿らしいのだろうか。私は一度も考えてこなかった今までの生き方とこれからの生き方そして仕事の選び方を本気で考えた。初めて自分の選んだこの道を疑った。そして答えをだした。この仕事を辞めるかと言われたら無理。ホステスになるか、または別の給料のいい仕事をするかといわれても無理。私は今の仕事に誇りを持っている。デザイナーの仕事をとってしまったら何もなくなる。私が私でなくなる気がした。彼女の電話の内容は正直悔しかった。悔しかったけれど。なにか違うと思った。私は、もっと頑張らなきゃと再度気合いをいれた。いつか。いつの日か可哀想ではなく羨ましいといってもらえるような人生にしてみせると。

彼女の言葉はより私の闘志に火をつけてくれた。そして私のデザインという仕事に対する思いを再確認させてくれた。一人前になれる日だけを目指して前だけを向いて歩こうと。馬鹿にされても。会社に利用されていてもかまわない。私の成長できる環境なら。辛い環境ほど誰にも負けない速さで成長出来ると信じている。だから「働いている」という表現よりかも「学ばせてもらっている」という表現のほうが正しいかもしれない。自分とデザインの関係を再度強く結ばせてくれた一言に今は感謝して、そして あの言葉を覆せるよう日々自分と格闘している。見えない未来が見えた気がした。

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