厚生労働大臣賞

【テーマ:私の背中を押してくれたあの一言】
「You are the best!」
鹿児島県 濱田 夏帆 21歳

「オハヨウゴザイマス」いつものイントネーションと満面の笑顔がたまらなく愛らしく感じる。雲一つなく青く澄んだ空の下、私は深呼吸をした。

大学を一年休学して、日本語のALTとして9ヶ月間中学生に日本語を教えるために期待と不安を胸にオーストラリアへ渡った。周りの友人が就職活動を目前にリクルートスーツに身を包み始めた春だった。

勤務開始初日から生徒に「センセイ」と呼ばれ、つい最近まで大学生だった自分と先生として働く自分が中々一致せず、早く、早くと焦るように仕事に取り組む日々が続いた。今までとは全く異なる環境の中で、語学力や知識の無さがもどかしく、自信を失くし「私に何ができるのだろう」と思い悩む出来事があった。その時、私の背中を押してくれたのは、親しかった先生の一言だった。「You are the best!(あなたって最高よ)」彼女の笑顔と言葉が温かく、私の心に響いた。そして彼女は私の背中を抱き寄せながら「You are the best!だからあなたらしく自身をもって挑戦し続けて」と言ってくれた。

その言葉をきっかけに私は自信をもって焦らず自分のできること、自分らしさについて考えた。語学力も知識も、生徒と過ごしてきた時間も一番短い私にできることは、「生徒に母国語以外の言葉を話す楽しさや可能性、異文化に触れる喜び」を身をもって伝えることだと思った。「英語が少し話せるだけで今まで知らなかった人と話せて、その人を知ることができる」自分が感じていたこの楽しさや可能性を生徒にも知ってほしかった。「いつも前向きで笑顔で、楽しいことが大好きで、その楽しさを誰かにも伝えたい」私らしさが少しずつ輝きだした。時には自分の思いが伝わっていないのか不安に襲われることもあったが、先生の一言が私に自信と挑戦し続ける勇気を与えてくれた。

帰国まで半年をきったころだった。立候補した子の掛け声で「起立・気をつけ・礼・着席」の挨拶の後、授業が始まるのが恒例だった。少しでも、日本の文化に触れてほしい、日本語をみんなの前で使う機会を作りたいという思いから提案したものだった。その日、立候補した子は授業に消極的な生徒の一人だった。大勢の挙手をしていた生徒は手を下ろし、私と担当の先生は驚きを隠しつつ彼を指名した。すると彼は私を呼び、私が隣にいて、助けてくれるならできるといった。彼の隣に立った私が助けることは一つも無かった。元気よくゆっくりと掛け声を終え、皆が着席したあと拍手に包まれた教室で彼は泣き出した。「本当はずっと前から先生が英語を話すみたいに僕も日本語を話してみたかった。アリガトウ、センセイ」と彼に言われ、私の目からも涙がこぼれた。そんな私をみて生徒たちは、「You are the best!」と満面の笑みで声をかけてくれた。

帰国後、私は再び大学生に戻った。就職活動を控え、私の周りには就職難を嘆く声や就活生の不安をあおるニュースがあふれている。「自信も取り柄もなくみんな同じようなスーツと髪で、その人自身を染めるように真っ黒に染まってしまう」とどこかのキャスターが言っていた。でも、私がこれから迎えるのは真っ黒な就職活動ではない。私は未熟ながらも先生として仕事に就いた9ヶ月で悩み、苦しんだ分、それとは比べ物にならない笑顔や感謝の言葉、人の温かさに出会った。この先、自信をなくすことも不安に駆られることもあるだろう。その時、私を支えてくれるのは「You are the best!」の言葉と私が仕事を通してめぐり会えた多くの笑顔や私らしさだろう。

例年にない日差しが照りつける初夏。あの頃いつも見ていたような青空の元、私は深呼吸をする。この夏、本格的に就職活動を開始する。髪を黒くしようとスーツを着ようと、私の心はこの空と同じように澄み切っている。同時に日本を飛びだったあの日のように、色々な人や物に出会える期待にワクワクしている。ゆっくりと私らしく。自信を持って。だって、「I’M the best!」だから。

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