【 努 力 賞 】

【テーマ:仕事から学んだこと】
15年越しで手に入れた自分軸
神奈川県 匿名希望 38歳

履歴書の職務経歴欄を、一部省略せねばならない程、職歴が多い私である。転職を繰り返し、この歳になるまで、答えに辿り着けなかった問いがある。「働くとは何か?」である。

超氷河期と言われた就職戦線。大学4年の私は、内定を取るべく燃えていた。“働くとは、自己実現をすることだ”と、その言葉の持つ本当の意味も分からず猛進していたのを覚えている。

パソコンのショールームでアテンダントとして勤務が決まったものの、IT関係の知識が全くない私には、毎日が戦争だった。知識やスキルがないことは大きな障害だったが、私が本当に悩んだのは、仕事の方法の確立だった。不特定多数の一般顧客が、入れ替わり立ち替り、様々な質問やリクエストをする。当然クレーム対応も発生する。皆が一律の知識を持っているわけではないため、周りの人に相談をしても、聞いた人数だけ違う答えが返ってくる。また、それらには、自分の無知を認めたくない、責任を取りたくない、または自分にとって都合の良い方法であるから、など実に様々な思惑が含まれている。中には顧客重視の答えもあったが、それが周りの人間に支持されるとは限らず、私は完全にジレンマに陥っていた。

共感性が高い私は、困っている顧客を見ると、同情すると同時に、社内の人間に、その先のイレギュラーな対応を依頼する事を考えると、これまた申し訳なく思い、立ち止まってしまう。結局、毎回右往左往し、場当たり的な対応をしてその場を凌ぐことになる。当然自分に自信が持てず、仕事の疲れに加えて自己否定感で一杯になる。ストレスを抱え込み、毎日必死の形相をしていた。先輩にも、頑張っていると労われるものの、空回りしていると指摘され、落ち込んだのを鮮明に覚えている。結局、2年後の人事査定で昇格を逃し、それまでの人生で最大の挫折を味わうことになった。

その後、海外生活、数々の転職、うつ病を経験し、現在は、マンションのコンシェルジュとして働いている。最近、再び問うようになった。“自己実現”とは何か。それは、“自分の軸を持って生きる”ことだと思うようになった。

接客業に慣れているとはいえ、最初は与えられた仕事をこなすことで精一杯だった。一般庶民の私が、超のつくお金持ちの人達に、どんな対応をすれば満足してもらえるのか。だが、葛藤の毎日を過ごすうちに、確信が持てるようになった。自分なりに、心のこもった対応をしていれば、結果は付いてくる。

それから、以前にも増して、気づいたことを一つ一つ行うようにした。周りの人が特に気にかけていないことも、自分が大切だと思えば実行するようにした。内見にみえたお客様のために、室内の状態をよくチェックし、美しく見えるようにする。空室に入った際は、今後の問い合わせに備えて、各部屋の間取りや室内設備について確認しながら作業をする。館内を巡回し、フロアが汚れていないか、電球が切れていないか、空調温度は大丈夫かなど、問題を探すつもりで見て回る。リクエストに備え、宅配伝票やカタログなどを揃えて、整理を行う。フレンドリーだが、立場を弁えた話し方を心がけ、相手にとって心地良い距離を保つようにする。掲示物なども進んで作成し、英語の勉強にも力を入れる。

次第に、入居者からの反応を実感するようになった。手を振って挨拶してくれる、自分の名前を覚え、選んで相談に来てくれる、個人的にお土産をくださる…。この変化を受けて、自分が行う小さな心がけは、相手に送るメッセージだと気が付いた。

最近では、自分の中に、凛とした軸が一本できたと感じる。同僚や関係者と気持ち良く働くには、バランス感覚が重要だが、自分軸に沿って行動すれば、必要以上に相手の意見や自分に対する評価に振り回されることもない。力が抜けて、必要なことだけに気持ちを集中させることができるようになった。働くことの大きな意味を実感し、感謝する毎日である。

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