【 佳 作 】
職を失い、1日中ぶらぶらしている状態がすでに半年ほど続いている。ご近所さんの目に怯える時期も、とうに過ぎてしまった。昨日も午前3時の時報を聞くまでだらだらとテレビをつけていた。当然朝も遅くなる。51歳のバカ息子を持った両親はもう怒ることもなく泣く事もしなくなった。今朝も十時頃眠い目をこすりながら起きる。隣の家の駐車場に勿論車は無い。今まで「ゴミ出しくらい行け」と怒っていた80になる父も、自分でごみを出すようになった。午前10時、いつものように近くの喫茶店に向かう。朝と昼を兼ねた食事をとるためだ。メニューはいつも決まっている。この店で一番安いトーストとゆで卵つき300円のモーニングセットだ。持ち込んだ新聞を広げ煎れたてのコーヒーを飲む。
『気だるい時間』
一生このままでいいかと一瞬思う。節約すれば両親の年金で何とか食えるだろう。そんなことを思いながら、新聞を閉じ店に置かれた雑誌を手に取る。ついでに飲み放題のコーヒーをカップに注ぐ。その後ろから「おいしいですか」と店員さんが声をかける。しかし私はその笑顔を斜に見る。もしかしたら私はその店員を睨んでいるのかもしれないと思う。なぜならその店員は私のすぐ近くに住む人だからだ。
(きっと、俺がいま無職のことを知っているだろう)
そんな思いで飲むコーヒーは苦い。
(よくもまあ、あんな笑顔できるな。あの笑顔の奥でこいつも俺のことをバカにしているのだろう)
トイレに立ち、洗い場にある鏡で自分を見る。髭はもう3日も剃っていない。
(このままじゃダメなじゃないか)
鏡の中の俺が呟く。
「うるせー」
鏡の外の自分が怒鳴る。
それから二か月後、ハローワークで病院の警備の仕事を見つけた。最初は軽い気持ちだった。べつに特別やりたい仕事でもない。嫌になれば辞めればいい。それでも1日7千にはなる。喫茶店代くらいにはなるだろう。火曜日の昼、病院の警備は休みだ。また喫茶店に行く。コーヒーをカップに注いでいると、あの店員が後ろからそっと声をかけてきた。
「よかったですね」
そういえば1週間前、この女性は知人の見舞いにやって来たらしく制服姿の俺の前を二度通っていった。そのたびにあの笑顔だ。うんざりするような笑顔。いまもまた笑顔か、うっとうしい奴だ。それでも少し嬉しかった。
(とりあえず続けてみるか、今の仕事)
夢などとわけのわからないものがあるわけでもないが仕事があると、ちょっと嬉しいと思うようになった。この店のコーヒーも以前よりおいしく感じるようになったのもそのせいなのかもしれない。10か月、私の無職の日々はとりあえず終わりを告げている。