公益財団法人日本生産性本部 会長賞

【テーマ:私の背中を押してくれたあの一言】
私が大学で働く理由
愛知県 橘 美優 37歳

私は以前、IT企業の人事部で新卒採用の仕事をしていた。企業の採用担当というと華やかそうなイメージを持つ人もいるが、実際は華やかな仕事ばかりではない。昨今は学生もしっかりと企業を選ぶ時代である。名の知れた大企業でもない限り「優秀な人材」を何十名も確保することは非常に難しく、採用担当は営業マンとして「自社」という商品を「学生」というお客様にどうやったら買ってもらえるかとあの手この手で必死に働きかける泥臭い仕事であった。

私はこの仕事をしながらずっと一つの疑問を抱いていた。最終面接を通過した学生は確かに優秀なのだが、その中にも「この子はIT業界には向いていないんじゃないかな」と感じる学生がいるのだ。そういう学生は少なからず本人もIT企業への入社に不安を持っている。しかし私は職務上、内定承諾者を確保するために彼らにも自社への入社を決断してもらうよう働きかけねばならなかった。そんな学生と出会うたび私は、「最終面接を通過したのだから大丈夫」とか「入社後の研修もあるから大丈夫」と自分に言い聞かせることで自分の疑問と向き合うことを避け、自社をアピールし続けた。

私が採用担当となって数年経ったある日、一人の若手女性社員が体調を崩し会社を休んでいるという話を聞いた。彼女もまた、入社前に私がIT業界には向いていないのではないかと感じた一人だった。そしてその話を聞いて数か月後、彼女が退職することになったと聞いた。

彼女の退職日当日、私は上司に頼みこみ、彼女と二人きりで話をする時間を持てた。久しぶりに会った彼女は驚くほど痩せていた。ブラウスの襟元から見える鎖骨が痛々しく、私は胸がしめつけられる思いがした。私は心の底から、彼女に入社するよう働きかけた自分の行動を悔いた。彼女が体調を崩した時も忙しさにかまけて、いや、自分の中の疑問に向き合うことを避けて何もしなかった自分を恥じた。しかし彼女はこう言ってくれた。「私はとても良い会社に入社したと思っています。ただシステムを作る仕事には向かなかった。だから仕事を変えたらきっと元気になると思います。入社前からいろいろとお世話になり、本当にありがとうございました」

私はそれ以降、彼女の痩せた体と「ありがとうございました」という言葉を忘れることができなかった。彼女の「ありがとうございました」という一言はその時の私の心に深く突き刺さり、私は自分が持っていた疑問に対峙せざるをえなくなった。彼女の優しさを受け取るためには自分自身に正直になる必要があったのだ。

私はその翌年から専門職大学院に入学し、人的資源管理やキャリア論を学び直した。そして私自身も会社を退職し、大学でキャリア教育の講師として活動するようになった。彼女の一言が無かったら、私は今も採用担当の仕事を続けていたかもしれない。もちろん採用担当という仕事を否定するつもりは全くない。しかし私にとって採用担当をしていた時期は、「本当にこれでいいのだろうか?」と常に心の底で迷いながら、会社説明会や面接、内定式の準備…と毎日夜遅くまで忙しく働くことでその思いを打ち消すという、表面的でどこか違和感を感じる毎日だったように思う。

大学教員としての私のキャリアはまだスタートしたばかりで、どのような支援をしていけば学生の職業選択に良い影響を与えることができるのか、日々模索している状態である。だがいま私はこの仕事に小さいながらも使命感を持って取り組むことができているし、活き活きと働く卒業生を見ることは私に勇気と自信を与えてくれる。

今でも時々、彼女は元気にしているかなぁと思うことがある。彼女も今、幸せな人生を送っていることを願いつつ、私は彼女がくれたこのキャリア(語源は「轍」だそうだ)をしっかりと踏みしめながら、少しでも多くの学生が活き活きと輝ける場所を見つける支援をしていきたいと思っている。

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