【奨励賞】
【テーマ:仕事から学んだこと】
仕事から学んだこと
熊本県立技術短期大学校 精密機械技術科  田中 誠一郎 42歳

「先生!T君は大丈夫と!?」クラスメートの悲痛な叫びが私の胸に突き刺さる。その「事件」は私の職業訓練指導員1年目に起こった。その日私は先輩の補佐をして機械加工実習の旋盤作業を監督していた。そのさなか、旋盤作業をしていたT君が突然床に倒れてしまい、救急車で搬送されてしまったのだ。幸いにしてT君は寝不足によるめまいと診断され命に別状はなかったのだが、本当にゾッとしたのは先輩指導員の一言だ。「作動中の機械の方向に倒れていたら、巻き込まれて命はなかったな」

そう、私が勤務する機械科の実習では多くの工作機械の操作を学習する。危険が伴う実習ばかりだ。もちろんベテラン指導員の監督下で「安全」についての指導はしっかり行うのだが、学生は20歳に満たない若者達でほとんどが旋盤作業は生まれて初めてである。

旋盤作業は高速で回転する鉄の材料を設計図面の形状に削って加工していく作業だ。コンピュータ制御の自動工作機械が発達した現代においても、機械加工の基本はまず手動で動作を憶える旋盤作業から行う。旋盤は機能性を重視した作りになっているので、安全装備は最低限のものしかない。ゆえに学生達はむき出しで高速回転する鉄の塊に体でぶつかっていって作業を学習するのだ。そこで重要なのが「安全教育」である。

「安全教育」とは機械の操作の前に、正しく作業服、帽子、保護眼鏡と安全靴を着用しているかチェックを行うことからはじまる。加えて講習を行い、旋盤作業の危険性を学生に十分に理解させる。さらに各々の体調に気を配り、体調に不安のある学生の実習は認めない。初めての旋盤実習の前にはここまで学生に言いきかせた上で機械の操作を行わせるのだが、それでも胃が縮む思いである。なんと言っても相手はついこの間まで普通の高校生だった若者達である。彼らの予想外の行動は日常茶飯事だ。はじめは緊張して作業を行っていても、少し慣れてくると私語が始まる。機械を作動させたままその場を離れる。そして挙げ句の果てに「ドカン!」と大きな音を立てて機械と工具をぶつけ、私たちはそのたびに肝を冷やすのである。

ものづくりに就くエンジニアの卵の教育を行っていると言えば聞こえはいいが、カリキュラムは非常に過酷である。2年間で即戦力になりうるよう教育を行うからである。危険な実習も行わなければならない。この職業訓練指導員の仕事から学んだことは、なんと言っても命に関わる「安全教育」の重要性である。旋盤実習だけではない。ものづくりに携わる者であるならば必ず習得しておかなければならない「心得」である。

学生に望むべくは自身がそれぞれ自己の体調管理をし、常にベストな状態で学業に専念できる状態にあってほしい。これは卒業してから定年退職するまでの人生の長きにわたって満足できる仕事を行う上で重要なことである。入学してから2年間、毎回機械加工実習の前には口を酸っぱくして「安全」の注意を行う。学生諸君が今は理解できなくても、将来必ず理解できる日が来ると信じて今日も注意を行う。実習中も常に学生の言動に気を配り、不審な行動があればすぐに飛んで行き注意する。しかも学生の監督を怠らないことでその学生の性格やものづくりへの適性といった「個性」が見えてくるので、これがその後の進路指導に役立つことになる。「安全教育」を徹底したおかげで学生との距離が縮まる、これは願ってもない副産物である。旋盤実習の「安全教育」が結果として私の指導員としてのスキルアップに役だってくれた。職業訓練指導員の仕事に就いて14年あまり、今日も、そしてこれからも私は学生に「安全教育」を行っていくつもりだ。

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