【佳作】
【テーマ:仕事から学んだこと】
暮らしを守る海岸松林
宮崎市  杉田 一成 64歳

人は海岸松林の恩恵を受けている。

宮崎市の海岸松林は、北は一ツ瀬川河口から南は加江田川河口におよぶ。総延長、28キロメートル。平均林帯幅、300メートル。

平成16年度から4年間。県の中部農林振興局林務課長を勤めた。海岸松林の整備に携わった。整備は、木を植えたり、育てたりすることだ。

海岸松林は、潮害防備保安林がほとんど。

保健保安林を兼ねている。潮風、飛砂、潮水、津波から人々の暮らし守る。人々にやすらぎを与えるための保安林である。

高校1年生のとき、クラスのみんながそろって、一ツ葉海岸に行った。遠足か散策であったのかはおぼえていない。島崎藤村の『詩集』(角川文庫)を手にしていたことははっきりおぼえている。淡い感傷にひたっている季節であったのかもしれない。松林には春ゼミが鳴いていた。大きな松の木があった。滑り台があった。

将来、松林を整備する仕事に携わるとは、夢にも思っていなかった。

仕事柄、台風の前日、海岸松林を見回る。

見回るとき台風の影響で、雨に混じった砂が顔にピシピシあたる。灰色の波が荒ぶるような音をたてて打ち寄せている。

台風が通過した翌日。朝の波浪は高い。見回ると潮水に濡れているマツ。倒れているマツ。砂をすっぽりかぶっているマツの苗。大きいマツの枝にも砂が残っている。

なかには、潮水の塩分で黄色くなった葉をつけたまま立っているマツもある。枯れたまま立っているマツもある。枯れたまま立っているマツに即座に、「シンデモクチカララッパヲハナシマセンデシタ」を重ねた。日清戦争のとき、死んでもラッパを離さなかった兵士、木口小平の話。話してくれたのは祖母か、母か叔母だったのか。さだかではない。教科書に載っていたそうだ。

最前線で砂をかぶっているマツ。葉を変色させたまま立っているマツ。マツは命を削って人々の暮らしを守っている。崇高な姿だ。

防風垣の丸太が波で流されている。丸太は無惨にも砂浜に散らばっている。

林務課では被災跡地に松を植栽したり、防風垣等を設置したりする。事業は、林政係の担当者が設計。林業事業体に委託。施工する。

1アール(1反)あたり、クロマツを700本、肥料木のヤマモモ300本を植栽。客土を入れ、森林肥料を添えて、植栽する。肥料木は肥料の三要素のなかのひとつ、窒素を得る働きをもつ。クロマツは乾燥や潮風に他の樹種より強いので昔から海岸に植栽されてきた。

植栽したクロマツを守るために、スギの間伐材を利用した防風垣を設置する。径8センチ、長さ4メートルの丸太を合掌組みにし、下部を砂地に埋め、海岸線に沿って立てる。

静砂垣(せいしゃがき)を設置。静砂垣は竹で編んだ高さ1メートル程度の垣根である。クロマツなどを植栽した場所を垣根で方形に囲む。

林務課長の主な役割は完成検査である。

検査は晴れた日に行う。青い海原をかたわらに検査を行う。

検査では、植栽したクロマツやヤマモモの苗木が仕様書の規格どおりかを確認するため、植栽地の苗木を掘り起こし、苗木の長さなどを測定する。防風垣の延長や丸太の長さを設計書や仕様書と照合。静砂垣も同じように照合する。

植栽したマツが成長し、人々の暮らしを守るのを願うばかりだ。台風の潮風、潮水、飛び来る砂。マツには辛い日々もあるだろう。

潮騒の聞こえるなかに、植えた苗木が「頑張るぞ」と言ってはくれまいか。

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