【佳作】
【テーマ:仕事から学んだこと】
仕事から学んだこと
東京都 江東区  長田 智之 37歳

「ならば、私が隣駅まで走ります!」

私は、列車運行を統括している運輸指令所の職員と電話でそう答え、自分の勤務している駅を後にし、隣駅まで無我夢中で走った。

私は鉄道会社に勤務している。この会社の鉄道は基本的に新交通システムといわれ列車、駅とも全自動で運転されている。通常時は何ら問題ないが、車両もやはり機械であるから、不足の事態が発生したら運転再開はやはり人が行わなくてはならない。

私の仕事は運輸指導といって、普段は駅で勤務しているが、運転士として列車の乗務をする場合もある。万が一の車両故障に備えて、列車運転の免許も取得し、異常時に備えている。

この日は連休の最終日で、私は観光客でにぎわう駅に勤務していた。いつものように、モニターで列車の運行状況と改札口、ホームの混雑具合を監視していたが、一向に列車が到着せず、駅構内が混雑する一方であったため、指令所に状況を聞いたのである。指令所によると、隣の駅に到着した列車のドアが閉まらなくなり、全列車の運転が出来なくなったとの回答があった。

通常、私の会社ではこのような不足な事態が発生したら運輸指導が現場に急行して列車の運転を再開させなければならない。隣の駅は無人駅であり係員はいない。特に多客期は、大きな駅からパトカーで現場に急行することがルールである。しかし、一刻も早くこの混雑を緩和させなくてはという思いとダイヤを元に戻したいという使命感から私は1キロの道のりを無我夢中で走ることを買ってでた。

走り出して、いつもなら短い、目と鼻の先である隣の駅もこの日ばかりは、すごく長い距離に感じた。

走り始めて約5分、隣の駅に到着した。私は事故が起きた列車の扉をくまなく捜索した。

遠隔で制御している指令にドアの再開閉を依頼したところ、完全に閉まりきらないドアを確認した。注視したところ、ドアがドアレールから外れてしまい、宙にぶら下がっていた。

ドアに異物が挟まり閉まらないケースなどは頻繁にあるが、ドアそのものが外れているとはきわめて稀な事象である。

焦る気持ちを押さえ、私はこんな時こそ、冷静にマニュアルに則って処置を進めようと、落ち着いて処置をすることにした。

このように、ドアが外れ閉まらなくなった場合の列車は回送としなければならない。車内の乗客に回送となる旨を伝え、降車させた。そして、ドアのスイッチを切り、自動運転から私の手動運転に切り替えて、車庫の最寄駅まで回送運転とした。

普段、経験することのない事例であったが、落ち着いて行動することで、無事、車庫までこの列車を送り届けることに成功した。

この時に私は、改めて基本動作に則ることの大切さと日頃から、このような事例に遭遇しても冷静に対応ができるように用意をすることの大切さを改めて痛感した。

私たち、鉄道員は日頃から、列車の事故や車両故障に備えて訓練や研修を重ねている。

滅多に起きえない事故、故障のためであり、つい、ダレることもある。

しかし、トラブルは昨年の東日本大震災もそうであったように突然、襲ってくることが多々ある。自分が未だ経験したことのないような経験にあたってもいいように経験を積み重ねていくことがやはり大切なのである。

私は今回の事故の処置がスムーズにいったことで大きな自信を得ることができた。事故やトラブルは当たらないことに越したことはない。しかし、嫌な経験も積んでいくことで大きな糧になり、身を持って経験することが私の鉄道員としての大きな財産となっていくことを痛感する良い機会となった。

仕事をする上で、つらい経験も良い経験へ変わることを私は痛感した。

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